四十八話「カザフさん、睡眠」
依頼を終わらせ、報酬を手に入れたカザフは、ナナがいる村へと帰る。
もちろん徒歩。
馬車は使用しない。
それゆえ、村に到着しようとすれば結構な時間がかかってしまう。
歩き慣れているし、体力に自信はあるカザフでも、徒歩での長距離移動をするとなると時間がかかる。
だが、カザフにとっては、それは苦痛ではない。
ナナとの再会をイメージしながら歩く時、カザフは、言葉にならない幸福感に包まれるからだ。
大切な人が待ってくれている。
もうすぐ大切な人に会える。
それを思えば、カザフはいくらでも歩けるのだ。たとえ体力を消耗していたとしても、辛さなんてないのだ。
やがて日は落ち、空は茜色から紫へと変わる。
光が消え、徐々に辺りが薄暗くなっても、カザフは足を動かすことを止めはしなかった。
◆
翌朝、明るくなってきた頃。
カザフはナナのアクセサリー屋の前に到着した。
彼はすぐに扉をノックしてみたけれど、早朝だからか反応がない。「まだ起きていないのかな?」と思ったカザフは、扉の三十センチほど横に座り込み、ナナの起床をじっと待つことにした。
——三時間後。
開店の準備をしに外へ出てきたナナが、扉の脇で眠っているカザフを発見する。
「カザフさん!」
意外なところにカザフがいたことに驚いたナナは、しゃがみ込み、彼の大きな肩を掴む。そして、豪快に、前後に振る。
ナナは起こそうとしているのだ。
けれどカザフは目覚めない。ぐっすり眠ってしまっている。
「カザフさん! カザフさん! 起きて下さいっ……!」
十往復ほど揺らされた時、カザフは声を漏らす。
「んー……?」
一応、反応はした。
だがカザフは、まだ目覚めきっていない。
「こんなところで何してるんですか!?」
「あ……えっ! ナナちゃん!?」
カザフはようやく目覚めた。
起きるや否や、彼は体を縦向ける。そして、その場で立ち上がった。
「起こしてもらっちゃったね、ごめん」
帰宅中寝ずに歩いていたため、カザフは、己が思っていたより疲れていたようで。そのため、自身が想像していたよりころりと眠ってしまっていた。カザフ自身は休憩程度にしか考えていなかったのだが、気づけば熟睡してしまっていたのだ。
「い、いえ……」
カザフから謝罪されたナナは若干困惑したような顔をしながら首を左右に振る。
そして彼女は話題を提供。
「ところでカザフさん、お仕事は無事終わられたんですか?」
ナナは、軽く首を傾げるようにして、美しい金髪をさらりとサイドに流して見せた。
「あ、うん。無事終了したよ」
「お怪我は?」
「ないよ。大丈夫大丈夫」
「それは良かった!」
安堵の笑みを浮かべ、ナナは開店の準備を始める。
カザフが帰ってきても帰ってこなくても、アクセサリー屋の営業が始まる時間に変化はない。店は今日も平常運転。
「じゃあカザフさん、先に中へ入っておいていただけます? ナナは開店準備があるので!」
そう言われたカザフは、一度頷いて、素直に「うん」と返事をする。そして、扉を開けて、建物の中へと足を進める。
「準備が終わったら、朝食出しますねっ」
「あ、うん。ありがとう」
カザフの心に広がるのは、穏やかな幸せ。
それは決して、派手なものではない。皆が驚くようなものでもない。ただ、彼にとっては大きなもの。胸の内を温めてくれる、そんな優しいものだ。
◆
その日、カザフは朝食をとってから寝た。
久々のナナの家での睡眠は非常にリラックスできるもので、カザフは、寝返りさえできないほど深い眠りに落ちていた。
カザフが眠っている間、ナナは一人でアクセサリー屋の店番。
特別なことは何もない日だが、今日はなぜか、来店する客の数が多い。
「いらっしゃいませ!」
そう言って人を迎える回数が妙に多かった。
「これと、これと、これ二つ、ちょうだい」
「はいっ。では、こちらでお会計します! 少々お待ち下さい」
数少ない定期的にやって来てくれる人——村に住む五十代くらいの女性も、今日は来店。
「しばらく来なくて悪かったわねぇ」
「いえいえ! 時折でも十分嬉しいです!」
「ありがとうねぇ……ナナちゃんが優しくてホッとするわぁ」
リピーターは大事だ。村人が少ない村で経営している以上、定期的に来てくれる人が少ないのは仕方ないことではあるのだけれど。でも、一人でもよく来てくれる人がいる方が良いということに変わりはない。
「これもろてえぇやろか?」
その日に店にやって来たのは、もちろん、常連さんだけではない。冒険者として活動している途中で偶々村に立ち寄ったという女性もいる。
「ビーズの指輪ですね!」
「そうそう。気に入ってん」
「お買い上げ、ありがとうございます!」
やや方言混じりな話し方をする彼女は、いきなり値切る。
「あ、そうや。それなんやけど、二割引きでもえぇやろか?」
「二割引き……ですか?」
だが、ナナは慌てない。
値切ってくる客というのも案外少なくないものである。
「一割引きでどうでしょうか? それなら可能ですが」
「いんや、二割や!」
「では……申し訳ありませんが」
値切られた時は、すぐに受け入れるのではなく、自分の方から提案をする。それがナナのスタイルだ。
言いなりになる気はない。
けれど、己を貫き通しきるわけでもない。
お互いが妥協し合って納得できる価格で販売することを、ナナは心掛けている。
「……んもぅ、分かったわ。そしたら一割引きでえぇよ」
「ありがとうございますっ」
「お姉ちゃん、予想外に商売上手やわぁ」
喧嘩にならないよう意識しながらも、ある程度の意思は述べる。買い手の言いなりにはならず、買い手を言いなりにすることもしない。
「……えへへ。嬉しいです」
そして、ナナは愛嬌も忘れない。
アクセサリー屋となると女性客の相手をすることが多い。そのため、過剰に可愛らしく振る舞うことは、嫌われる原因になりかねない。
しかし、不愛想に過ぎるというのも問題だ。
だから、嫌われるところまでいかない範囲で愛着を持ってもらえるように振る舞わなくてはならない。
それはいざやろうとすると結構難しいことだ。
「にしても、ホンマ、えぇもん作ってるなぁ」
「褒めて下さって、ありがとうございますっ」
「また機会があったら覗くわ」
「はい! そうしていただけると、凄く嬉しいです!」




