四十四話「カザフさん、剣を手に」
冒険者二人が下級魔物と交戦していた広間のようなところを通り過ぎると、また一本道に入る。
といっても、先ほどの道のように細いことはない。今度の道は、カザフ二人が横に並んでも歩けそうなくらいの幅はある。灯りはほとんどなく暗い。
そんな一本道を一二分ほど歩き続けていると、分かれ道が出現。二股になっている。
「右だったかな?」
カザフは向かって右側の道を選び、進む。
右側の道は決して太くはない。カザフ一人がいるだけで速やかにすれ違うことはできなくなるような細さだ。
そして、地面も壁も天井も、すべてが黒かった。
暗いから余計に黒々として見える、ということもあるのかもしれないが、明るさを除いても黒に近い色であることに変わりはない。
カザフは以前に来た時のことを思い出しながら足を進める。
道は心なしか下り坂。ふくらはぎが痛くなりそうなほど傾斜の大きい坂ではないが、歩いていると徐々に下っていっていることが認識できる程度の傾きはある。
そんな下り坂を越えると、また広々とした空間に出た。
耳に入るのは、滴が垂れて地面に落ちる音。その音自体は決して大きくない音だが、空間に響くから、よく聞こえてくる。ちょん、ちょん、と、独特のリズムを刻んでいる。
薄暗い中で規則的な音を聞いていると、自然と、知らない世界に放り出されたかのような錯覚に陥ってしまいそうになるもので。一人佇んでいたカザフは、妙な感覚に襲われた。
「だいぶ歩いたな——ん?」
刹那、背後に何かの気配を感じる。
カザフは剣を抜き、背後の気配を流れるような動作で斬った。
「……やっぱり魔物」
咄嗟に反応し振り返ったカザフの目に映るのは、ハニワに似た魔物。
全身が土でできたような茶色をしていて、棒のような手が二本生えている。そして、頭には、ドングリの上部に似た帽子のような部分があった。穴が三つ開いた顔からは表情が感じられず不気味。
ちなみに、背の高さは二メートルほど。
カザフより少し大きいくらいである。
「どりゅあぁっ!」
カザフは太い剣を振り、ハニワに似た魔物を斬る。
一切の躊躇いなく仕留めにかかるその様は、まるで野獣のよう。日頃の穏やかなカザフしか知らない者が今の彼を見たら、間違いなく戸惑うはずだ。なぜなら、別人のようだから。
「うぉりゃあっ!」
背後から迫ってきていたハニワ似の魔物を、カザフは相棒の大きな剣で倒した。
その直後、彼の右側の地面がボゴボゴと奇妙な音を立てながら盛り上がる。岩の集合体でできた地面はひび割れ、そこから、ハニワに似た魔物が三体ほど出現。
しかしカザフは怯まない。
剣の持ち手を両手でしっかりと握り、一体ずつ、順に葬り去っていく。
「どぅおりゃあっ!!」
カザフは無駄のない動きをしている。それは、最低限の動作だけで魔物を倒せるよう工夫された戦い方。洗練された動きだ。
ハニワ風の魔物は次から次へと現れる。
でもカザフは冷静だった。
一対多になったからといって狼狽えていたら、勝ちきれなかったかもしれない。けれど、カザフは落ち着きを保っていた。だから、数で負けていても、戦いとして見た時に不利な状況に陥ってはいない。
「うぉるあああ!」
薄暗い静寂に、カザフの豪快な叫びだけがこだまする。
「どっせい!」
カザフにとって、魔物の棲む洞窟は舞台。
一般人から見れば危険でしかないその場所も、カザフにとっては一番輝ける場所なのだ。
「ふぅ、そろそろ片付いたかな」
ハニワに似た魔物を圧倒的な戦闘力で倒し続けたカザフは、魔物が湧いてこなくなったことを察すると、剣を下ろした。片方の手の甲で額の汗を拭う。
「素材何かあるかな……」
一旦汗を拭いたカザフは、倒れた魔物に歩み寄る。そして、何か貰える部位がないかを、慎重に確認した。だが価値のありそうな部位はなくて。数分後、カザフは諦めた。
「よし、次!」
カザフは切り替え、別の魔物を探すことにした。
◆
ハニワに似た魔物を倒した後、カザフはさらに洞窟を探索。
一人だし、依頼を受けているわけでもないから、今日はゆったり歩いて回ることができる。カザフはそれが嬉しかった。
そんなカザフは、探索途中で、いくつかの種類の魔物に遭遇した。
八本の長い脚と頑丈な甲羅を持つ、カニカニクモモドキ。
尾が九本あるおたまじゃくしのような、キュウビジャクシ。
眼球がダイヤモンドのように硬く鳥に似ている、パペ。
眼球が真珠のようで鳥に似ている、パピ。
腰から脚が三本生えていて犬にのような、パプ。
腕が五本と脚が七本あるがそこ以外は人間にそっくりな、テアシマン。
もちろん他にもいるが、大体そんなところ。
個性的な容姿の魔物たちと、カザフは戦った。人ならざるものと対峙しても怯まず、剣を操り続けた。
「カニカニクモモドキの脚、キュウビジャクシの虹色糞、パペの眼球パピの眼球、テアシマンの髪飾り……まぁこんなところかな」
ハニワ似の魔物からは何も入手できなかったが、その後に戦い倒した魔物たちからは色々なものを得ることができた。
満足したカザフは、魔物の一部をたくさん入れた袋を手に、あっさりと帰るのだった。




