四十三話「カザフさん、師の重要さを考える」
ロカ洞窟は、大岩に穴を開けたような入り口。
カザフはその穴のような入り口を一切躊躇うことなく通過する。
洞窟内へ入ると、最初は一本道。しかも、三人以上横に並べないであろう細い道だ。それゆえ、カザフのような大男が歩いていると、すれ違うことさえ難しそう。さすがにすれ違えないということはないが、相手も大柄だったなら、すれ違うことさえできない可能性もある。
薄暗い道だが、カザフは迷わず直進していく。
途中、一本道が曲がりくねっている辺りもある。そこだけは少し道が広がっているから、カザフが歩いていてももう一人くらいは楽に通れそう。ただ、洞窟内に人はあまりいないので、すれ違う機会はほとんどない。
ひんやりと足下が冷えてくる一本道を抜けると、広間のようなところに出た。
洞窟の中だから太陽の光は降り注いでこない。
けれども、岩の壁にいくつか灯りが設置されているから、真っ暗闇ではなかった。
光は一応ある。
周囲に人がいるか否か分かる程度の明るさは確保してくれていた。
細い道の先にある広間のようなところへ出た時、カザフの瞳は人間の姿を捉えた。声もしているし、魔物ではなさそうだ。
「そっち行った!」
「えぇーっ!? わ、わたし、接近戦は無理ですよぅー!!」
「敵が多いんだ! 仕方ないだろ!」
「えぇーっ!? 無茶ですよぉーっ!!」
そんな会話を聞き、魔物と交戦中の冒険者なのだとカザフは判断。それなら助けに入ることもない、と、カザフは見るだけ見ながら足を動かす。
「と、とりゃーっ!! ……って、え!? い、威力弱っ!!」
「すぐ行く!」
「お願いしますぅーっ!!」
戦闘の邪魔をしてはいけないと思い、遠巻きに様子を眺めるカザフ。その視界に入っている冒険者らしき人物は、二人だった。
甲高い声を発してやたら騒いでいるのは、少女。
大体齢十六くらいだろうか、線が細い。
やや青みを帯びた灰色のショートボブがキノコに似ている彼女は、群青のローブで体の多くを隠した服装。頭部を除けば、腕に密着しないだぼっとした袖と革のブーツ以外、ほとんど何も見えない。
そんな彼女の手には、一本の杖。
荒く削られた不規則な形の木の棒、その先端には水色に輝く水晶玉のようなものがくっついている——そんなシンプルなデザインの杖だ。
「こっ……来ないで下さいーっ!」
わざわざ洞窟にまで来ているのだから彼女とて冒険者なのだろう。しかし、冒険者とはとても思えないような、びくびくした様子だ。
見ていたカザフは「冒険者に向いていない人だな」と思ったりした。
悪い意味ではない。批判したいわけでもない。ただ、どんな職にも向き不向きというのはあるものだ。だから、彼女が悪いわけではなく、単に似合わない職に就いてしまっているなと思ったということである。
「すぐ行くか——って、うわ! あぶね!」
おどおどした少女の相方は、少年だった。
少女と同じくらいの年代と思われる少年で、頭は綺麗な坊主である。
だが、髪がないところを除けば、どこにでもいそうな普通の男子。若い世代の多くの冒険者と同じような、活発だが勢いしかない雰囲気だ。
剣を手に勇ましく大声を出しているが、よく見たら、戦っている魔物は下級魔物。それなりに戦い慣れている冒険者なら苦戦することはないはずの、そこまで強くはない種類である。
しかし、少年は狼狽えていた。
剣を振ってはいるものの、そこに技はない。
何も考えずひたすら適当に振っているだけだから、下級魔物にであってもまともに命中しない。しかも、中途半端に危険な行為をすることによって、魔物を無駄に刺激してしまっている。
カザフはひそかに「あぁ……」と残念に思った。
良い師がいて、色々習えたなら。また、その背中を見て、少しでも吸収することができたなら。ほんの少しの小さなことにすぎないけれど、きっと、少年だってもっと成長できただろう。若い頃の強みは、どんどん成長していけるというところなのだから。
でも、少年には良き師がいなかった。
だから自己流でやっていくしかなく、乱雑に剣を振ることしかできない。
カザフとて自分がもう完璧だと思っているわけではない。子どもではないがまだ若いのだし、成長していける要素はあると信じている。
だが、何も分からず戦っている若者を見ると、気の毒になってしまう時があったりするのだ。
カザフは良質な教育を受けられたから幸運だった。技や知識をきっちりと学び、強さを手に入れることができた。でも、それができない者も多い。それを目にした時、どうしても、可哀想と思ってしまう部分があって。
「こ、怖いですよぅーっ!!」
「おい! まだ戦いを止めるなよ!」
「早く、早く援護しに来て下さいよぅー!!」
「こっちを倒してからな!」
二人がかりで下級魔物に大苦戦しているようでは、頭角を現すことは難しいだろう——カザフは密かに思う。
若者の夢を壊したくないから、それを口から出したりはしない。が、そんなことを考えてしまう時は、カザフにだってある。




