四十二話「カザフさん、気まぐれ外出」
村が徐々に寂れてきている話をしているうちに、ナナはすっかり弱ってきてしまった。顔にいつもの華やかさはなく、瞳の輝きも日頃より劣って。弱っていても可憐な美少女であることに変わりはないが、眩さは元気な時より若干落ちてしまっている。惜しいことだ。
「ナナちゃん、話題を変えよう!」
何がどうなってナナが暗い気持ちになってきたのか読み取れないカザフは、色々考え悩んだ末に、力技に出た。
無論、力技と言っても暴力的な選択肢を選んだわけではない。
複雑に考えることを止めただけだ。
今のカザフにできることはそれしかなかった。
「え?」
話題を変えるというのが想定外の展開だったのか、ナナは一瞬「理解できない」というような顔をした。それは彼女が意図して浮かべた表情ではなく、自然に出た色のようだ。
「ほら、せっかくだからさ、明るいお話をしようよ!」
「明るいお話……ですか?」
「うん! とっても楽しいこととか、話さない?」
カザフは笑顔を崩さないよう努力する。
なぜなら、ナナにも笑ってほしいからだ。
人は鏡と言われるように、接し方によって相手の表情というのは大きく変わってしまうもの。
笑顔で話しているのに激怒されることなんていうのは少ないだろうし、激怒されている時に笑っている者なんていうのは稀。
だからこそ、カザフは笑顔を意識するのだ。
ナナに笑ってほしいから。ナナに元気でいてほしいから。だからこそ、カザフは笑顔で話し続ける。相手もなるべく笑顔になれるように、と思って。
「アクセサリーのお話とかどうかな?」
「そうですね。でも、もうかなり話してしまいました」
「そっか……」
「あ! じゃあ、カザフさんのお話を聞かせて下さいませんか?」
その頃になると、ナナの顔に徐々に明るさが戻ってくる。
カザフの努力の成果が出てきたのかもしれない。
「冒険者の話?」
「はい! 聞かせて下さい!」
「うん、じゃあ……」
一時は雨降りの前の空のような薄暗い雰囲気になってしまっていた二人だが、カザフの頑張りもあって、今は日頃の穏やかな明るさを取り戻している。
以降カザフは冒険者としての暮らしに関することを話した。
ナナはそれを熱心に聞いて、楽しんでいた。
◆
翌朝、ナナお手製の朝食を食べ終えたカザフは、太い剣と空の布袋を持ちながらナナに告げる。
「今日はちょっと洞窟まで行ってくるね」
それを聞いたナナは驚く。
「えっ! お仕事ですか?」
ナナは依頼と思ったようだ。しかし、実際のところは依頼ではない。カザフ自身が「少し体を動かそうかな」と思っただけである。
「ううん。ちょっと剣を振りたくて」
首を横に振りながら述べるカザフ。
「あ、そうなんですね」
「うん。ちょちょっと行ってくるよ」
「分かりました」
「急に言い出してごめんね」
軽く謝罪するカザフを見て、ナナは首を左右に動かした。
「謝らないで下さい。……あ! もしアクセサリー作りに使えそうなものがあれば、取ってきてくれます?」
カザフが洞窟へ行くついでに魔物からしか得られない素材を集め、ナナはそれを受け取って報酬を出す。
それが、元々の二人の関係だった。
カザフにとってナナは、小遣い稼ぎをさせてくれる存在。ナナからすればカザフは、自分では入手できない素材を持ってきてくれる人。
利害の一致で二人は交流を続けていた。
でもいつしかそれは特別な感情に変わり——そして今がある。
「もちろん。魔物から何か貰ってくるよ」
ちなみに。
貰って、と言っても、「何か下さい」と魔物に頼むというわけではない。
「ありがとうございます! じゃあナナは、報酬を用意しておきますねっ」
「待って待って。報酬なんて要らないよ」
「え、そうなんですか? どうして?」
ナナが愛らしく首を傾げると、金の髪がさらりと揺れる。さらさらながらどことなくしっとりとしたその髪が揺れる様は、まるで絹糸のカーテンが風に揺らされている時のよう。
「いつもここで暮らさせてもらってるお礼だからだよ」
「え! そんなことで!?」
ナナは衝撃を受けたような顔で大きな声を発する。
「うん。家があると何かと便利だから助かるよ」
「あ……ですよね。便利だから、ですよね」
気まずいような空気が漂う。
「え? 僕何か悪いこと言った?」
空気の変化に気づいたカザフは、念のため確認しておく。
が、ナナは特に何も言わなかった。
「い、いえっ! それでは気をつけて行ってきて下さい!」
「うん。行ってきます」
カザフは目的地である近場の洞窟へと歩き出す。
人形のように可憐なナナは、その背中を静かに見送った。
◆
村を出て、歩くこと数分。人間が意図して山に穴を開けたかのような入り口が見えてくる。そう、それこそが、今日のカザフの目的地である。
三メートルくらいはありそうな穴が入口になったこの洞窟は、冒険者たちにロカ洞窟と呼ばれている。誰がそう呼び出したのかは知らない。ただ、カザフは父親のような存在だった人から、その名前を教えてもらった。
ちなみに、ロカ洞窟は、子ども時代にも何度か来たことのある冒険エリアで。
だからカザフは、内部構造まで、しっかりと把握している。
入り口の脇には桃色の小さな花がちらほら咲いていて、カザフはついそちらに目を奪われてしまった。が、すぐに気を取り直して、洞窟内へと足を進めることにした。




