四十一話「カザフさん、マイナス思考に戸惑う」
「そういえばナナちゃん」
爽やかな香りの黄色いお茶を飲みながら、カザフはナナに話しかける。
「何ですか?」
「ナナちゃんって、いつからアクセサリー作っているの?」
何てことのない平凡な話題。それは、他者からすればどうでもいいようなことかもしれない。それでも、カザフにとっては気になることであって。大切な存在であるナナのことだからこそ、カザフは尋ねたのだ。
「アクセサリー作り……えっと……」
過去を探るように、ナナは考え込む。
そして、十秒ほど考えた後に、問いの答えを口から出す。
「確か……物心ついた頃にはもう作っていたと思います」
「へぇ! それは凄い!」
カザフは感心する。
「……って言っても、そんなに立派なものを作っていたわけではないですよ」
「でも作っていたんだよね?」
「はい!」
「じゃあやっぱり凄いよ」
悪さのないカザフはさらりと褒める。
自分が好意を持っている相手からの褒め言葉に、ナナは少し恥じらうような表情を浮かべた。
「……あ、ありがとうございます」
「ん? ナナちゃん、何だか緊張してる?」
「い、いえ。ただ少し……褒めてもらって恥ずかしかっただけです」
一瞬不安になっていたカザフだったが、ナナの返答を聞き安堵した。嫌がられているわけではないと分かったからだ。
「そうだったんだ。嫌だったら言ってね」
「いえっ……。そんな、嫌とかではないです……!」
「ありがとう。ホッとしたよ」
カザフはナナが淹れてくれたお茶を飲み干す。
「……ふぅ。それにしても、このお茶は美味しいね」
それからも、カザフとナナはのんびり過ごした。
ナナが用意してくれたお菓子を時折摘まんだりしつつ、カザフはゆったりとした時間を謳歌する。
カザフはこれまで、ずっと、仕事のために生きてきた。冒険者として依頼をこなしてゆくことだけが生き甲斐だった。
でも、今はもう違う。
今のカザフにはナナという大切な存在がある。だから、冒険者として働くこと以外にも、楽しいと感じられる過ごし方があるのだ。
◆
ちょうど日が落ちきった頃、カザフはナナにアクセサリーを見せてもらっていた。
ネックレスやペンダント、耳飾りに指輪——ナナが製作しているアクセサリーの種類は様々。また、それらを作るのに使っている材料も、色々ある。四角や丸のビーズ、銀、石、魔物の一部、と。
「これはですね、友人にあげようと作ったんです。でも、渡そうと思っているうちにその子は引っ越していってしまって、結局会えずじまいでした」
それらについて、ナナは一つ一つ丁寧に紹介する。
「引っ越してしまったんだね……」
「はい。なのでずっとここにあります」
ナナによる紹介を、カザフは熱心に聞く。
「そうそう、ずっとあると言えば。このネックレス、完成してからもう五年以上になるんです」
次は、銀細工風ネックレスの紹介だった。
「五年も!」
「はい。行商の方が村にいらっしゃった際に材料を買ったんです」
「行商かぁ。たまに見かけるね」
固定の店舗を持たず、商品だけを持って自由に売り歩く商人を、カザフは見たことがある。また、父親のような存在であった人から、「店を持たない商人が売る品には珍しい物が多い」と聞いたこともあった。
「ですよね! まぁ、最近はあまり見ないですけど……」
「村の人口が減ったからかな」
「そう——かもしれませんね。寂しいことですけど」
ナナは、その可憐な顔に、どことなく悲しそうな色を滲ませる。それはまるで秋の夕暮れのような雰囲気をはらんだ色。
それを見ていたカザフは、胸が苦しくなるのを感じた。
大切な人、ナナが、悲しげな顔をしている。それは、カザフにとっても辛いことだ。
無論、自身から生まれた辛さではない。
けれどカザフは、影響を受けて辛くなってしまった。そういうことは、人間誰しも、時折はあるものである。暗い顔をしているのが大事な異性なら、なおさらだ。
「この村も、もう少し賑わえば良いんだけどね」
「ですよね……。でないと、寂しいです……。いつか本当に誰もいなくなりそうで不安です」
ナナの発言を聞いたカザフは、またもや胸が苦しくなる。でも、なるべく暗い表情にならないよう、意識して気をつけた。カザフが暗い顔つきになったことでナナも晴れやかでない気分になってしまったりしたら問題だからだ。
「だね。村おこししたいよね」
カザフはさらりと述べた。
それに対し、ナナはやや俯きながら返す。
「はい……でも、ナナにできることはありません」
ナナは妙に弱気。自信なさげな顔をしている。
日頃の、明るくてハキハキしているナナとは、まるで別人のよう。
カザフも戸惑ったくらい、今の彼女は彼女らしくない。
「え! そんなことないよ!」
励ましの意味も込めつつ、本心を告げるカザフ。
しかしナナはすぐに明るい表情には戻らない。
「ナナは、その……冒険者でもないですし、立派な大人でもないですし」
「でもアクセサリーを作れる。凄いことだよ」
「それはたいしたことじゃないです……」
ナナがなぜかマイナス思考な発言をすることに、カザフは戸惑う。彼女がどうしてマイナス思考な発言をする状態になってしまっているのか分からないところが、特に、カザフを困らせていた。
理由があるなら解決のために動ける。
もし完全に解決することはできなくても、少しくらい改善することはできるはずだ。
けれど、マイナス思考に陥ってしまっている理由が不明なので、手の打ちようがない。
少なくともカザフには何をどうすれば良いのか掴めなかった。




