四十話「カザフさん、ゆったり」
ナナの提案で一泊していったリズは、ナナに「いじめは解決し、カザフのアドバイスのおかげで優勝までできた」と、今回の探索大会でのことを伝える。
その話を聞いたナナは嬉しそうにしていた。
ナナは正義感が強い。そのためか、いじめが解決したことは、特に嬉しく思っているようだった。
翌朝、朝食だけは食べて、リズは村から去っていった。
二人に戻るナナとカザフ。
「カザフさん、リズさんに迫られたりしませんでしたか?」
「え。何その質問」
「意味などありません! ただ気になっただけです」
ナナの口から飛び出した意外な問いに、カザフは戸惑ってしまって。そのせいでうっかり心ない返し方をしてしまったが、不機嫌だったわけではないようだ。
「うん、何もされなかったよ」
「だったら良かったです」
「リズさんは案外さらっとした人だったよ。だから心配要らないよ」
ナナに不安を抱かせるのは嫌だから、カザフはきちんと言っておいた。
もちろん、嘘ではない。
リズと何もなかったことは、紛れもない真実だ。
カザフは頼まれていたことをしただけ。それ以外のことはほとんど何もしていない。敢えて言うなら、ナムナン真珠入手についてアドバイスをしたくらいだけだ。
ナナは少々心配性なところがある。だから、つい色々聞きたくなってしまう体質なのだ。
それに腹を立てる男性もいるかもしれない。
でも、カザフの場合は違う。
カザフは質問くらいで腹を立てたりはしない。質問されたのなら答えれば良いだけ、と、冷静に捉えているからだ。
「なら良かったです。……ごめんなさい、色々聞いてしまって」
「ううん、大丈夫だよ」
カザフは穏やかな目つきでナナを見つめる。
包容力のある視線だ。
父親のような、兄のような、そんな目をカザフはしている。
「それでそれで! 今日はどうしますっ!?」
カザフが問いにはっきり答えたからか、ナナは不機嫌にはならなかった。
「え?」
「今日の予定ですよ!」
「僕の予定?」
「はい!」
突然話題を変えられたことに戸惑いつつも、カザフはきちんと考えて答えを述べる。
「今日は特に何もないよ」
受けている依頼はないし、何かする予定も立てていない。言うなれば、今日のカザフは完全フリーである。
それを知ったナナは、愛らしい顔面に華やかな笑みを浮かべながら、尋ねる。
「じゃあ、ナナと一緒にいてくれますか!?」
ナナの双眸はキラキラと輝いている。
カザフは少々眩しさを感じながらも返す。
「もちろん。いいよ」
穏やかなカザフが発した言葉を聞いたナナは、ますます明るい表情になる。瞳の輝きも、顔の筋肉の動き方も、喜びの感情を溢れさせている。
「じゃあカザフさん、何しましょうっ!?」
とにかく嬉しそうなナナに、カザフは提案する。
「のんびり過ごすというのはどうかな」
カザフの提案が意外だったのか、ナナはきょとんとする。
「ここでですか?」
「うん」
「……画期的な案ですね」
ナナのテンションが僅かに下がったことに気づかないカザフではなかった。
カザフは友人が少なく、女性と仲良くすることなんてなかった。話したことはあるが、それらは話さなくてはならない用事であって。用事があるわけでもないのに異性と交流するということはなかったのだ。
でも、それでも、他者の心の動きがまったく分からないということはない。
「あ、ごめん。駄目だったかな。もしナナちゃんに案があるんだったら、何でも言ってね」
「そっ……そんなことないですよ!? 駄目とかじゃないですよ! ナナ、カザフさんの意見になら大概賛成ですっ!」
反対されなくて良かった、と、カザフは安堵する。
己の意見に反対したからといってナナを嫌いになることはない。が、ナナが怒ってしまわないかがどうしても不安で。
「ではゆっくりしましょう!」
「大丈夫? 本当に賛成?」
「はい! カザフさんとなら、何もしなくても楽し——って、恥ずかしいこと言わせないで下さいっ!」
うっかり本心を口から出してしまったナナは、頬を紅潮させながら、気まずそうにカザフから視線を逸らす。
「ご、ごめん」
「……こっちこそすみません」
「ナナちゃんは悪くないよ」
「すみません。ありがとうございます」
かくして、カザフとナナはゆったり過ごすことになった。
特に何をするでもない。どこかへ行くわけでもない。それでも、特別な二人でいれば楽しいのだ。ただゆっくりしているだけでも、二人でなら退屈しない。
「何かお茶淹れてきますね!」
「え、いいの」
「はい! 温かいのと冷たいのなら、どっちが良いですか?」
「冷たい方かな」
「オッケーですっ」
その後、ナナはカザフのためにお茶を用意してくれた。
爽やかな香りのする黄色の液体が、透明なグラスに注がれている。カザフの希望通り、液体は冷やされていた。
カザフは店内の椅子に座り、その冷たいお茶を飲む。
一方ナナはというと、時折カザフに話しかけながら、カウンターのすぐ向こう側でアクセサリーを作っている。
「お茶、どうでした? 美味しかったですか?」
「うん。スッとする香りが結構好きだな」
「良かったですっ。店の周りに生えている草を使ってみたので、正直、美味しいか不安で」
そんなことを打ち明けるナナの手には、小さな小さなビーズ。それは、アクセサリー製作に使うものだ。
「新しく作ったお茶?」
「はい。昨日、前のが全部なくなったので」
「そうだったんだね」
穏やかな時が流れていく。
カザフもナナも、幸せそうだった。




