三十五話「カザフさん、探索大会初参加」
パルテム大陸の南端に位置する、港町サーンス。
一年を通じて強い日差しが降り注ぐその町は、はつらつとした人々が暮らす陽気な地区である。
赤茶の煉瓦でできた屋根の家がずらりと建ち並び、澄み渡る青い空の下でワゴンによる商売が積極的に行われている。また、日差しを受けて目が痛いほどの輝きを放つ海には、いくつもの船が停まっており、大陸外からの旅行客も多い。
探索大会に参加するため馬車で移動していたカザフとリズがたどり着いたのは、そんな場所だった。
「うわぁ。綺麗な空と海だなぁ」
馬車から降りるや否や、カザフはそんなことを発した。
それに対してリズは「そうね、素敵なところ」と静かに返す。
南の地域だけあって気温は高い。短時間であっても汗が吹き出してくるくらいの気温だ。ただ、暑いが湿気は少なく、それゆえ過ごしづらさはあまりない。
高温や光が苦手な者なら快適には過ごしづらいだろうが、カザフはわりと好きな気候だった。
「開催は明日だったよね?」
「えぇ、そうよ」
「僕はどうしたら良いのかな? エントリーしてきたらいい感じ?」
カザフはリズと隣り合い、今回のことについて色々聞きながら歩く。
「そうね。参加してもらって、開催中妨害行動を防いでもらえたら、それだけで十分だわ」
巨体のカザフと可憐なナナが一緒にいるのはとても不自然な光景だったが、彼がリズと歩いているのもこれまた不思議な光景である。恋人同士だとしても不自然だ。
「今日は今晩の宿を取りましょう」
「うん。そうだね」
「部屋は別で良かったかしら」
「もちろん!」
泊まる部屋は別々が良い、というような主張をさりげなくするカザフを見て、リズはくすりと笑みをこぼす。
「あらあら。あたしと同室だとそんなに嫌なのね」
リズは、カザフがナナのことを強く想っていることを知っている。そのため、彼の言動がナナのためのものであるということも、察しているのだ。
「ナナちゃんとなら同室だけどね」
「そうね」
だが、リズとしては、他の参加者たちから邪魔されなければそれで良いのだ。
何も、カザフをナナから奪い取りたいというわけではない。
リズはそこまで性悪な女性ではない。
◆
開催当日。
朝、まだ参加申し込みをしていなかったカザフは、速やかにエントリーを済ませた。
「エントリーできたよ」
「お疲れ様」
今回の大会に参加する冒険者たちが集まっている広場で、カザフはリズと合流。言葉を交わす。
「ところで、今回のお題はもう発表された?」
「いいえ。開始時間の五分前までは発表されないわ。いつもよ」
カザフは長年冒険者として生きてきた。が、探索大会を含む冒険者たちの催し物には参加したことがない。冒険者だからといって催し物に参加しなくてはならないわけではないのだ。
「こんなイベントがあるんだね」
「貴方はいつも参加なさっていないの?」
「うん。僕は依頼だけかな」
「そうだったのね。ま、大会は自由参加だものね」
そんな風にして二人が話していた時、カザフはふと視線を感じて辺りを見回す。すると、何やらひそひそ言っている女性冒険者三人組が目についた。彼女たちは、明らかにカザフたちの方を見て、ひそひそ話をしている。
「リズさん。もしかして、彼女たちが?」
カザフは小声でリズに確認する。
するとリズは頷いた。
「……えぇ。いつも絡んできて厄介なのよ」
そう聞いたカザフは、三人組の容姿を記憶しておくことにした。
三人のうち一番背が高い女性は、三十代くらいで、ラクダのような顔をしている。肌は健康的な小麦色だが、カサカサしていそうな肌だ。
彼女たちの中で一番背が低い女性は、丸眼鏡をかけていて色白、鼻の周りにそばかすがある。唇は薄く、色はほとんどない。
そして残りの一人は、三人の中では最も整った容姿をしている。カールしたボリュームのある赤毛が印象的で、赤茶の長い睫毛も記憶に残る。
「彼女たちがリズさんの邪魔をしないように見張っておいたら良いんだよね」
「えぇ。でも可能な範囲で構わないわ」
「任せて」
「ありがとう。助かるわ」
◆
探索大会の開始五分前、アナウンスがかかる。
『じゃ、今回の内容を発表するぜ! 今回集めてほしいのわぁー……ナムナン真珠!!』
ノリノリな口調のアナウンスに、カザフは動揺した。
『制限時間は二時間! 一番たくさん集めたやつが優勝だァッ! ヨロシクゥ!!』
アナウンスを聞いている間中、カザフは「こんなノリで大丈夫なのか」ということばかりを考えてしまっていた。というのも、ノリの良い軽い口調のアナウンスに慣れていないため違和感しか感じなかったのである。
慣れてしまえば何も思わなくなることでも、馴染みがないうちは疑問を抱かずにはいられない——世の中にはそういうこともたくさんあるのだ。
『カウントダウン行くヨ! ……サン、……二ィ、……イチ、……ゴゥッ!!』
こうして探索大会が始まる。
カザフは三人組からの視線をいまだに感じていた。




