三十話「カザフさん、助け出す」
いきなりのアイルの悲鳴に、カザフは愕然としながら陰から出る。もし何かに襲われているのなら、救出しなくてはならないから。
「一体何があったんだい!?」
ここまでついてきていることは、アイルには秘密にしていた。そうしなければ「ついてくるな」と怒鳴られるから。
でも、こうなったら仕方がない。
後で怒られても、それでもいいから、友を助けたい。
「アイルくん! どうしたの!?」
カザフは洞窟の奥に向かって駆けていく。
すると、天井が高い広めの場所に出た。そこで、巨大パンダにだっこされているアイルを発見する。
「か、カザフ!? どうしてここに!?」
四メートルほど高さはあるが、白と黒のまだらで見た目は完全にパンダ。愛らしく感じられる大きさではないが、丸い耳が少しふっさりしているところに、カザフは一瞬惚れそうになってしまった。
「謝ろうと思って、追ってきたんだ! そしたら君の叫び声が聞こえてきて!」
「そうだったのか!」
アイルは巨大なパンダの魔物にだっこされ、ようやく正気を取り戻したようだ。もう怒ってはいない。
「うん! さっきはごめん!」
「いいぜ! こっちこそ悪かった! だから助けてくれ!」
カザフは、もう怒っていないアイルの声を聞いてホッとする。これなら友人でなくなってしまうことはなさそうだ、と思えたからだ。
「もちろん! すぐ助けるよ!」
相棒の大きな剣を鞘から抜きつつ、アイルをだっこしている魔物に向かってジャンプ。その跳躍は、魔物の頭の上まで届く。
「なんてジャンプだ……」
魔物は片手でカザフを払おうとする。
カザフはその手を回転しながら避けて、接近しながら剣を振り上げる。
「アイルくんは返してもらうよ!」
頭の上まで振り上げていた剣を、勢いよく振り下ろす。落下する勢いも加え、刃は魔物の頭部めがけて振り下ろされて。抵抗する隙を与えず、魔物を真っ二つにする。
パンダ風魔物の手の力が抜けた瞬間、アイルは宙に放り出された。
「う、うわぁぁ! 高ぁぁぁ!」
だっこされていた時とはまた違った恐怖が押し寄せ、絶叫するアイル。
アイルが宙に放り出されたことに気づくと、カザフはすぐに地面へ降りる。そして、アイルの落下地点を予測し、両手を広げてその場所に立つ。
「暴れちゃ駄目だよ! 僕が受け止めるから落ち着いて!」
「お、おうっ……!?」
カザフに暴れないようにと指示されたアイルは、それに従い、手足をばたつかせることを止めた。
すると体は滑らかに真下へ。
数秒後、彼はカザフの腕に収まった。
「大丈夫? 怪我はない?」
「お、おう」
「じゃあ地面に下ろすね」
「助かるぜ」
優しく受け止めたカザフは、アイルを地面へ下ろす。
それから、アイルに話しかける。
「もしかして、今のがデザートパンパン?」
先ほどカザフが斬った個体は、宝玉らしきものは所持していないようだったが、パンダによく似ていた。そのためカザフは「デザートパンパンかもしれない」と思ったのだ。
「そ、そうかもしれねぇな……」
「宝玉らしきものはあった?」
「い、いや……いきなり現れてだっこしてきやがった……」
救出されたアイルは、額から溢れる汗を手の甲で拭いつつ、カザフの問いに答える。ただ、あまり有力な情報はない。
「他にもいるかもしれないから、少し見てみ——」
カザフがそこまで言った時。
アイルが捕まる前にも聞こえたあの奇妙な音が、またもや聞こえてきた。
もしかして、と思っていたら、洞窟の奥から巨大なパンダの魔物が複数現れる。
それらは、手に宝玉を持っていた。
色は様々だが、皆、とても大事そうにだっこしている。
「あ、あんなにいるのかよ!?」
カザフの背後でしゃがんでいるアイルは、声を震わせながら叫ぶ。
「こんなに可愛い生き物を倒さなくちゃならないなんて……うぅ……」
アイルと同じように、カザフも声を震わせている。
ただ、その理由は違う。
アイルは恐怖のあまりだが、カザフは可愛い生き物を倒さねばならない葛藤からだ。
「理由が変だろ!」
発言からカザフの心を覗き見てしまったアイルは、衝動的にそう突っ込んでしまった。
「だって、あんなにだっこしてるんだよ……?」
「そこじゃねぇだろ!」
「でもでも、あんなにお母さんみたいな顔してるんだよ……?」
「知らねぇよ! ありゃ魔物だ!」
「けど、耳に毛が生えててふわふ——」
「もういいもういい!」
カザフのややずれた発言に耐え切れなくなったアイルは、話を逸らす。
「とにかく狩るぞ! あれが俺らのターゲットだ!」




