三話「カザフさん、極寒の地へ」
アスパルテムにある大陸の一つ、パルテム大陸。ハートを逆さ向けたような形をしている大陸の最北端に、優秀な冒険者しか入ることのできない洞窟がある。
アイスロックと呼ばれる、氷に覆われた洞窟だ。
もちろん、入り口に見張りがいるわけではないから、入るだけなら誰でもできる。ただ、一般人なら、再び空を見ることはできないだろう。
なぜなら、最強クラスの魔物がうじゃうじゃ生息しているから。
一般人など以ての外。冒険者であってもかなりの危険が伴う。最強クラスの魔物とまともに渡り合える者でなければ、生きて帰ってくるのは難しい。
そんなアイスロック洞窟の入り口に、カザフはいる。
ある依頼を受けてアイスロック洞窟に入らねばならないことになったのだ。
いつも洞窟を散策する時は、長袖シャツにベスト、そしてズボンという軽装寄りの格好のことが多いカザフ。しかし今回だけは違う。極寒の地での仕事なので、かなり厚着をしてきている。
頭には羊の耳がついたふわふわの白い帽子。首には羊のワッペンがついた桃色のマフラーを巻き、上半身にはもこもこの分厚い上着を着用している。そしてブーツは、桃色に白い綿がつけられたものだ。
相棒とも言える巨大な剣は、今日も持っている。
「ええと……依頼は、ハルマチクサを二本入手だったかな……」
カザフはそんなことを呟きながら、余裕のあるゆったりとした足取りで洞窟へ入っていく。
◆
アイスロック洞窟に入るなり、カザフは目を輝かせた。
なぜなら、辺り一面白銀に輝いていて、とても美しかったからだ。
「凄いなぁ」
天井も、壁も、地面も、そこから突き出す岩も。そのすべてが氷に覆われていて、キラキラと輝いている。外の世界では滅多に見ることができないような、幻想的かつ美しい光景。
そんな中をカザフは歩いていく。
滑って転倒しないよう気をつけながら。
◆
洞窟に入り五分ほどが経過した頃。
突如、水色に輝く鱗を持った蛇のような魔物が現れた。
「うわぁ。大きいな」
蛇に似た魔物はクルルルルと発しながらカザフを睨み、しかも徐々に迫ってくる。アイスロック洞窟では初めての魔物だ。
カザフは剣を抜き、交戦に備える。
「どっせい!」
尾ではたこうとしてきた魔物の尾を一撃で切り落とす。
「うぉりゃあ!」
さらに剣を一振り。
魔物を真っ二つに切る。
五メートル以上の長さを持つ蛇に似た魔物は、綺麗に真っ二つにされ、どしぃんと音をたてて地面に崩れ落ちた。
カザフは安堵したように、ふぅ、と息を吐き出す。
——だが、魔物は一体だけではなかった。
一匹目が動かなくなってから十秒ほどが経ち、先ほど倒したのと同じ種類の魔物が三匹同時に出現。しかもその瞳は、先ほどの個体と違って、爛々と光っている。好戦的な顔つきだ。
魔物のさらなる出現に気づいたカザフは、すぐに剣を構える。
そして、鬼のような迫力で剣を振る。
「おりゃあっ!」
接近してくる三体を一振りで少しばかり退け。
「ふぅおるぅやァッ!!」
一番に突っ込んできた個体を切り裂き。
「せいやぁっ!」
続けて襲いかかってきた個体を横向けに斬って。
「おりゃりゃりゃあ!!」
最後残った一体を縦向けに切って真っ二つにする。
こうして魔物とカザフの戦いは終わった。
洞窟内に静寂が戻る。
「これ、何だか綺麗だな」
倒した蛇のような魔物の鱗を数枚そっと取り、いつも素材入れに使っている袋に丁寧にしまい込む。
その鱗を持って帰るのは仕事内容ではない。
カザフ自身が気に入ったから、ただそれだけである。
◆
以降もカザフは、時折現れる魔物を倒しつつ、洞窟の奥へ進んでいった。というのも、今回の依頼をクリアするのに必要なハルマチクサは、アイスロック洞窟の深部に生えているという伝説の植物なのだ。
ちなみに、ハルマチクサは、雪の結晶のような花弁を持つ美しい花らしい。
アイスロック洞窟は高難易度の洞窟。それゆえ、多くの者が入ったことがあるわけではない。だから、その情報が正確なものなのかどうかは、ほとんど誰も知らない状態だ。
それでも、雪の結晶のような花弁を持つ美しい花、という情報しかないから、それを信じる外ない。
「ハルマチクサってどんな綺麗な花なんだろう……」
カザフは独り言を漏らしつつ、静寂の中を歩いていくのだった。