二十九話「カザフさん、怒らせてしまった」
地下洞窟で偶然出会ったカザフとアイル。同じ魔物を探しにやって来ていた二人は、デザートパンパンを引き寄せるという石をそれぞれ手に持ちながら、洞窟内を歩き回り始めた。最初は協力し合うことに乗り気でなかったアイルも、いざ探し始めてからは、真剣に周囲を見渡しながらデザートパンパンを捜索していた。
だが、二人で歩き回っても、デザートパンパンを発見することは容易ではなく。なかなか見つからない。
「まったくよ! ここにいるなんて嘘なんじゃねぇのか!」
デザートパンパン探しを開始してから一時間ほどが経過した時、二人は一度合流した。そこで、気が短いアイルは、そんな愚痴を漏らす。
「落ち着いて落ち着いて」
苛立ちが最高潮に達しているアイルを、何とか宥めようと試みるカザフ。しかし、少し声をかけた程度では、アイルの苛立ちは収まらない。彼の苛立ちは、収まるどころか、大きくなっていくばかり。
「アイルくん、疲れたのなら一旦休んでもいいよ。僕はもう少し見てくるから、この辺りでゆっくりしていて」
不機嫌なアイルに気を遣い、カザフはそんな提案をする。
が、それは火に油を注ぐのと同義で。
「うるせぇ! 舐めんなよ!」
そもそも苛立っていたアイルは、カザフの言葉に刺激されて激昂する。
「俺はそんなに弱くねぇよ!」
「あ、そ、そうなんだ。ごめん。悪気はないんだ」
「実力不足みたいに言いやがって!!」
アイルは今にも噛みつきそうな顔。
「ち、違うんだ。アイルくん。僕はそんなつもりじゃ……」
カザフはすぐに謝罪し、アイルを馬鹿にしているわけではないのだと訴える。しかし、頭に血が上ってしまっているアイルには、どんな言葉も届かない。
「あー気分わりぃ」
アイルは不機嫌な顔のまま、洞窟の奥に向かって歩き出す。
「ちょっと待って! アイルくん、どこへ!?」
「一人になりてぇんだ!」
「あ……う、うん……ごめん」
洞窟は奥へ行けば行くほど危険度が増す。
この世界の定説だ。
理由はいくつかあるが、一番の理由は、外へ出ようとした時に出入り口にたどり着きづらいということ。
もし危険な魔物に出会ってしまったら、一刻も早く洞窟から脱出することが必要になってくる。しかし、危険な魔物と出会ってしまったのが奥であればあるほど、出入り口へはたどり着きにくくなるというものだ。
そして、もう一つの大きな理由としては、洞窟の奥には強い魔物が多くいる可能性が高いということがある。
なぜそういうことが多いのかはまだ明らかにされていないのだが、洞窟の深部には戦闘能力の高い魔物が生息していることが多い。それゆえ、並の冒険者が深いところまで潜ってしまうと、危機的状態に陥ることが多いのだ。
つまり、アイルも、奥へ行き過ぎると危険な目に遭う可能性がある。
「黙っていたら大丈夫だよね……?」
怒りで正常な思考を失っているアイルは、自ら危険へ突っ込んでいっている状態。カザフは、友がそんなことになっているのを放っておけるような質ではない。
だから、こっそりアイルの後をつけていくことにした。
◆
どのくらいの時間が経過しただろうか。
時計のない空間だと、時間の流れがよく分からなくなってくる。
不機嫌なアイルはもうずっと歩き続けている。それも、洞窟の奥へ続く道を。
灯りはほとんどない。とにかく薄暗く、砂埃の匂いだけがする。アイルとそれをつけているカザフが歩いている道は、いつの間にか、砂利道になっていた。どこかまでは舗装されていた気がするが、思い出せはしない。
カザフはそれよりも、アイルを連れ戻したかった。
しっかりとした準備をせずにこんな奥まで入り込むのは、危険としか言い様がないから。
でも、苛立っているアイルに声をかける勇気がなかった。
カザフがその気になれば、無理矢理連れて帰ることだってできただろう。服でもちょこっと掴んで引っ張れば、ただの少年冒険者くらいいくらでも動かせたはずだ。
けれどカザフがそれをしなかったのは、友の行動を腕力で捻じ曲げたくはなかったからである。
つまり、カザフの妙な優しさが、この奇妙な状況を作り出してしまっているのだ。
——だが、突如アイルは足を止めた。
何だろう? と思いつつ、カザフも足を止める。そして、壁からせり出した岩に、縮めた身を隠す。
訪れる静寂。
数秒後、それを破る音が聞こえてきた。
それは何とも言えぬ不思議な音だった。足音のようにも、地鳴りのようにも、鳴き声のようにも聞こえる、謎の音。冒険者としての経験がかなり豊富なカザフにも、何の音なのか判断できない。
——それから十秒ほど経過して。
「う、うわぁぁっ!」
急にアイルの叫びが響いた。
「た、た、た、助けてくれぇ! 誰かぁ!!」
何かが起きたのだ。
そう察したカザフは、岩の陰を出て、前へ進む。




