二十六話「カザフさん、リトット族の村へ」
「そ、それは……本気ですか?」
カザフから告げられた言葉は、ナナにとっては何より嬉しいもののはずだ。でも、だからこそ、すぐに信じることはできなくて。ナナはまだ半分疑っている。
「ナナは強くないし、冒険者として一緒に戦うこともできないです……。それでも、嫌いになったりしませんか……?」
信じたいことだからこそ、すぐに信じることはできない。
不思議なことだが、人間とはそういう風にできているのかもしれない。
そうでなければ、嘘であっても都合の良いことは信じ、真実であっても都合の悪いことは信じないなどという、滅茶苦茶なことになってしまう。
「そんなことで嫌いになんてならないよ」
「でも……ナナは、アクセサリー作りしかできません」
「そこも含めて好きなんだよ。僕はナナちゃんが作るアクセサリーが好きだし、可愛いのをたくさんを作れて凄いなぁっていつも思ってる」
カザフがそこまで言うと、ナナは彼の目の前まで歩いてくる。
そして、頭を下げながら手を差し出す。
「じゃあ……よろしくお願いします!」
正直、カザフはまだ、男女としての付き合いなんてよく分かっていない。そういったことをしっかりと理解するには、経験が少なすぎるのだ。
ただ、悪い気はしなくて。
だからカザフは、差し出されたナナの手をそっと握った。
「こちらこそ、よろしくね」
その日、カザフとナナは少し特別な存在になった。
カザフの方はまだよく分かっていない。でも、ナナを大切に想う心は、確かに持っている。
◆
ナナと特別な関係になった翌日、カザフは村を出た。
彼女からの依頼を成功させるためだ。
今回のターゲットである魔物デザートパンパンは、砂漠にいる魔物だと聞いている。そのためカザフは、パルテム大陸の中央部辺りに広がるリトット砂漠へ向かった。
リトット砂漠は、パルテム大陸内で唯一の大きな砂漠である。
そこには、リトット族という脱水に強い種族の人たちが暮らしている。
カザフは彼らにデザートパンパンについて聞いてみようと思い立ち、リトット族の村を訪ねた。
「いらっしゃイ。ここはリトット族の村、リトット村でス」
何もない砂地にテントを張って、それを家として暮らしているリトット族。彼らは、砂が目に入るのを避けるためか、皆長い睫毛を持っている。
村の入り口に立ち、看板のように村について説明してくれた青年も、指の長さほどの睫毛を持っていた。
「すみません。あの、少しお聞きしたいことがあって」
「いらっしゃイ。ここはリトット族の村、リトット村でス」
「……駄目だこりゃ」
デザートパンパンについて、まずは村の入り口に立っている青年に尋ねてみようと思ったのだが、それは無理そうだった。というのも、彼は「いらっしゃイ。ここはリトット族の村、リトット村でス」しか言わないのだ。
仕方がないから、カザフは村の奥へ進んでいくことにした。
「すみません。少しお聞きしたいことがあって」
今度は、水が入った桶を運んでいる四十代くらいのやや肥え気味の女性に、声をかけてみた。
だが「あァーラ! お兄さんイケメンだわネェ!」などと返されるだけで、会話が成立しない。女性はさらに「素敵な筋肉の持ち主だわネェ」と言って、そのまま歩いていってしまった。
「駄目か……」
カザフががっかりしながらももう少し歩き続けてみることにした。
歩き回ってみることしばらく、ちょっとした噂話が耳に飛び込んでくる。
「ねぇねぇ知ってル? 昨夜地下洞窟からデザートパンパンが出てきたらしいわヨ!」
「それハそれハ、困るのゥ」
「ホント、勘弁してほしいわヨネェ」
「やつらは結構危険だからのゥ、困るのゥ」
その噂話を聞いたカザフは、地下洞窟付近へ行けばデザートパンパンに遭遇できるかもしれないと気づいた。
ついでに、リトット族の者たちがデザートパンパンの出現を迷惑に思っていることも分かった。そういうことなら狩りやすい。
「よし、取り敢えず行ってみよう」
地下洞窟の場所は、村を出て北に五百メートルほど上がっていった辺り。カザフが持っている地図にきちんと記されている。
それにしても、デザートパンパンとはどのような魔物なのだろう?
カザフは村の出口へ向かいながら、そんなことを考える。
パンダ風の魔物だということだけは判明しているが、実際に見たことはないため、他の情報はほとんどない。大きさや強さも不明だ。
それでもカザフは前へ進む。
ナナの喜んだ顔を見たいから、何としても依頼を成功させる——それが今の彼の気持ちだ。




