二十五話「カザフさん、告げる」
二人きりの店内に漂うのは、既存の言葉では表現しきれないような空気。それは、刺々しいとか冷ややかとかではないけれど穏やかでもないという、中途半端なものである。
「か、カザフさん……その、どうして敢えて聞くんですか?」
頬がリンゴのようになっているナナは、やや俯き、上目遣いで返す。
その声は、微かに震えていた。
震えの原因はもちろんカザフの言動にある。
何もせずとも恥ずかしい心境なのに、踏み込んだことを答えなくてはならないような問いを放たれて、彼女は困りきっているのだ。
わざわざ言葉にしなくてもいい。
それが理想なのだろう。
ただ、よほど器用な者同士でない限りは、言葉にせずとも伝え合えるような状況にはならない。それもまた事実。
「もしおかしなことを言ってたらごめん」
「……わ、分かりました。じゃあ、じゃあ……言いますよ!」
恥じらっていたナナだが、ついに決意する。
「いきなり『好きかな』なんて言われたら、誤解してしまいそうになります! だから恥ずかしいです!」
ナナとて、自らこんなことは言いたくなかっただろう。
でも言うしかなかった。言わなければカザフには理解してもらえないと思ったから、心を決めたのだ。
「本当のことを言っただけだけど、それが恥ずかしかったってことかい?」
「ほら! またそうやって!」
「え……」
「誤解させるようなことをすぐに言うのは止めて下さい!」
ナナは鋭く言い放つ。
だが、カザフには、彼女の発言の意味がよく分からない。
「誤解って?」
「カザフさんはナナのことを好きなのかなって……思ってしまうから、辛いんです」
ナナは腹の前辺りで両手を重ねる。そして、指を絡めてもじもじしながらも、自身の気持ちをきちんと話す。
「期待……させないで下さい」
ここまで言われてもまだ、カザフはナナの気持ちを理解しきれていなかった。しかし、己の発言によってナナが複雑な心境になっているということだけは、何となく掴めてきて。だから彼は、改めて口を開いた。
「僕はナナちゃんのこと好きだよ」
だが即座に返される。
「……その好きは多分、ナナとは違う好きです」
そう述べるナナの声は弱々しい。
そんな彼女の様子を見ていたら、カザフは、段々胸が苦しくなった。
カザフは冒険者としての仕事ばかりに生きてきた。有名になり女に溺れる冒険者もよくいるが、彼に限っては、そういうことはなくて。彼の人生は、魔物との戦いだけだった。
だがそんな彼にもナナには笑っていてほしいと思う心はある。
いくら仕事一筋であっても、人間としての心を完全に失っているわけではないから。
「ナナちゃん。そんな顔しないでよ」
「ごめんなさい……今はさすがに笑えません」
「そっか。ごめん。でも、君が暗い顔しているのを見るのは嫌なんだ。だから、僕にできることがあるなら言って」
カザフは言ったが、返答はなかった。
いつもならすぐに返ってくる。ナナは明るい性格でよく話す質だから、カザフの発言に何も返さないなんてことは滅多にない。
だが、今は返答がない。
そのことによってカザフは異変に気づいた。今のナナがいつもの彼女とは違う状態であることを悟ったのだ。
「ナナちゃん?」
「……じゃあ、言ってくれますか」
ナナは俯いたまま小さく発する。
「付き合いたい、って……」
「え」
「そう……無理ですよね。分かっています。ごめんなさい、強制するつもりはなかったんです」
「あ、ご、ごめん! そんな意味じゃないよ!?」
カザフが思わず驚きの声を漏らしてしまったのは、ナナからの頼みが意外なものだったからであって、それ以上の意味はない。当然「そんなこと言えるわけがないだろう!」という意味を含んでいるわけでもない。
「えっと、付き合うって……男女的な関係になるってこと?」
「……はい」
確認して「はい」という返答を貰ってもなお、カザフは信じられないでいた。
自分は他人から好かれるような人間ではない——そう思い込んでいる彼にとっては、ナナの言葉はとても信じがたいものだ。同性からでさえ恐れられ避けられるような状態だから、異性から好意を持たれる可能性なんてちっとも考えてみたことがなくて。だからいざ好意を示されても、戸惑うことしかできない。
人間離れした剣の腕を持っていても、優秀な冒険者でも、何もかもを完璧にこなせるわけではない。なぜって、人だから。
「じゃあ言うよ。付き合いたいって」
「……え?」
「付き合ったら、好きって言っても怒られないんだよね? それなら、僕は言うよ」
カザフは穏やかな笑みを浮かべる。
「じゃあ、付き合いたい。まだそういうことはよく分からないけど。でも、これからは、男女としても仲良くしてほしいな」




