表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強剣士カザフさん、のんびり冒険者生活  作者: 四季
第二章 旅行

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/50

二十話「カザフさん、温泉に浸かる」

 ナナは肉にナイフを入れる。微かに切れたところから、じゅわっと溢れる肉汁。さらにナイフを入れると、肉らしい赤茶色の部分が露わになってくる。


 それと同時に、湯気に乗って香ばしい匂いが湧く。

 肉汁の香りとタレの香りが混じり合った、食欲を掻き立てる匂いだ。


 切る前から瞳を輝かせているナナは、込み上げる涎をごくりと飲み込み、ナイフを前後に動かす。そうして肉を一口サイズに切り終えると、肉を黒い鉄板に広がるタレに軽く擦り付け、フォークをそのまま口へ運ぶ。


「どう?」


 肉を口に入れたナナに、カザフは尋ねてみた。


 しかし返事はない。

 ナナは夢中で顎を動かし続けている。


 返事さえ忘れて咀嚼しているナナを目にしたら、カザフは温かい気持ちになってきた。だから彼は、返事を求めることはせず、幸せそうな彼女をじっと見つめるだけにしていた。


「ふぁー! 美味しかったー!」


 一口目の肉を飲み込めたナナは、口を開く。


「美味しかった?」

「はい! しっかりしているのに硬すぎることはなくて、ほどよい食感でした!」


 ナナは満足そうな顔をしている。まだ一口目なのに。


「ははは。グルメリポートみたいになってるね」

「駄目ですか?」

「いやいや。ナナちゃんが美味しそうに食べてくれたら嬉しいよ」

「あ、ありがとうございます……」



 ◆



 食後、一時間ほど休憩して、カザフとナナは温泉に入ることにした。


「お風呂は男女別ですよね?」

「うん」


 夕食をたくさん食べて動けなくなっていたナナだが、一時間も経てば、動けそうになってきたようだ。


「じゃあしばらく会えないですね」

「一緒が良かったの?」

「なっ……ま、まさか! そんなわけないじゃないですか!」


 カザフは段々、ナナが頬を赤く染めるのを見るのが楽しくなってきた。


「じゃ、先に行ってますね!」

「はーい」

「終わったら、風呂を出たところで待っています」

「はーい」


 ナナは入浴に必要な物を持つと、軽快な足取りで客室から出ていく。カザフは風呂の用意をしながら、先に行く彼女の小さな背を見送った。


 客室に一人になってからカザフは「楽しんでくれているみたいだな」などと呟く。


 完全な独り言だ。

 でも、周囲に人はいないから、彼の独り言を気にする者はいない。



 ◆



 それからカザフは浴場へ移動。

 さっと全身を流してから、温泉に浸かる。


「結構熱いなぁ……」


 カザフが温泉に浸かろうとした時、既に浸かっていた者たちは驚いたような顔をしていた。恐らく、いきなり巨体が現れたから驚いたのだろう。中には、男性であるにもかかわらず、逃げるようにそそくさと去っていった者もいた。


 化け物を見るような怯えた視線を向けられると、カザフもさすがに傷つく。


 でもそれは今に始まったことではない。


 だから、耐えられる。

 慣れてしまえば、大抵のことはどうでも良くなる。


「見ろよ……あいつ、やばくね……」

「迫力ありすぎだろ……」


 そんなひそひそ話が耳に入ることもある。


 でも、どうでもいい。

 カザフはそんなことは気にしないのだ。


 ひそひそ話をされたところで、冒険者の仕事ができなくなるわけではない。命が減るわけではないし、肉体にダメージを受けるわけでもない。



 ◆



 温泉にしっかり浸かって寛いだカザフは、体を拭いて、男湯を出る。すると、男湯を出てすぐのところにあるベンチに、ナナが座っているのが見えた。


「ナナちゃん」

「あ、カザフさん!」


 二人はすぐにお互いの存在に気づく。

 合流成功だ。


「結構早かったね」

「そうですか? カザフさんがゆっくりだったんじゃないですか?」

「え。そうかな」

「ナナはそう思いますけど」


 カザフの心には、言葉にならない暗い影があった。それは、温泉で心ない反応をされたことによるもので。自身や知り合いが原因のものでないからこそ、さっぱりと消すことは難しいような影だった。


 でも、ナナの笑顔があれば、そんな影も薄れる。

 彼女の存在は、カザフの心をいつも照らしてくれる。


「じゃあ帰ろっか」


 カザフが笑ってそう言うと、ナナは怪訝な顔をした。


「……カザフさん、何だか元気ないですか?」

「え」

「気のせいならいいんですけど……カザフさん、何だか元気がないように見えて」


 心を見透かされた、そんな気がして、カザフは顔を強張らせる。「そ、そんなことないよ!?」などと発しながらごまかそうとするけれど、その発言が怪しさを余計に高めてしまっていた。


「何なんですか?」

「いや……本当に、その、何でもないから」

「そうですか。分かりました」


 内心安堵の溜め息を漏らすカザフ。


「でも、もし何かあったら、いつでもナナに相談して下さいね」

「ありがとう」

「まぁ、ナナじゃ何もできないかもしれないですけど」

「ううん。相談してって言ってもらえるだけでも嬉しいよ」


 頼っても良いと言ってもらえること、それは嬉しい。


 だがカザフは「できれば相談したくない」と思っている。

 なぜなら、余計なことを言ってナナを心配させたくないからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ナナちゃん、はじめての旅行もカザフと一緒で心強く、楽しめている様子が伝わってきます。 「できれば相談したくない」なんて、カザフの繊細な一面も垣間見られて良かったです(^^)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ