十七話「カザフさん、宿を確保して」
カザフとナナはいよいよ旅に出発。
過疎化した村を出る。
道は舗装されておらず、砂利が散らばっていた。そのため、歩くたびに、靴の裏と砂利が擦れる音が鳴る。
今日は良い天気だ。
空は青く澄んで、晴れ渡っている。
「ナナちゃん、荷物重くない?」
「大丈夫ですよ!」
「持つのがしんどくなったら言ってね。僕が持つから」
「は、はい……! ありがとうございます」
カザフとナナはそんなどうでもいいような言葉を交わしながら、人のいない道を行く。
「村から出るのなんて、凄く久しぶりです」
「お店があるもんね」
「そうなんです。ナナ、おかげでいつも村から出られません。……ってまぁ、その儲けで暮らしているんで、仕方ないことなんですけどね!」
ナナはカザフと出掛けることができてご機嫌だ。顔には笑みが浮かんでいるし、足取りもとても軽い。ダンスのステップを踏んでいるかのようである。
「ところでカザフさん。これはどこへ向かっているんですか?」
「アイシトール村っていうところだよ」
「……アイシトール村?」
聞き慣れない言葉の登場に首を傾げるナナ。
「うん。規模はさほど大きくないところだけど、結構色々ある村なんだ。僕も何回か行ったけど、楽しかったよ」
「へぇー。そうなんですね!」
砂利道は決して歩きやすい道ではない。それでも、ナナは嫌な顔はしていなかった。彼女の視線はカザフだけに向いている。
「温泉とかもあるよ」
「えっ! 温泉!?」
「あ……嫌だった?」
「いえ! 行ってみたいです!」
「それなら良かった」
◆
人の気配のない砂利道を歩くこと数十分。
アイシトール村に無事到着した。
そこは、人の賑わいがある村だった。周囲は山に囲まれていて、さほど開発されていないような印象の場所なのだが、人の行き来は多い。まるで観光地のようである。
「うわぁ……! す、凄い人……!」
過疎化した村で暮らし慣れているナナは、多くの人が歩いているアイシトール村の様子を目にして、驚きの声を漏らした。
「まずは宿をとりに行こうか」
「はい! 野宿はまずいですからね!」
アイシトール村の大通りは地面が石畳になっている。
歩くたび、硬い音が響く。
でもさほど気にならない。歩いている人間が多いので、どれが誰の足音かなんて分からないような状態なのだ。
「宿はどこでもいい?」
「はい! ……あ。でも、あまり衛生的でないところは避けたいです」
「そうだね」
そんな風に話しながら、二人はアイシトール村の大通りを闊歩するのだった。
◆
アイシトール村は、規模はそれほど大きくないが、一応観光地である。温泉を求めて、日々、様々な人がやって来る。そのため、泊まるところを確保するのにも運が必要だ。
だが今日は、すぐに確保することができた。
最初に入った宿に偶々空き部屋があったのだ。
二人は早速部屋に案内してもらう。
「こちらのお部屋になります」
運良く空いていた部屋は、二人部屋。
他に空き部屋はなかったので、二人でそこに泊まることになった。
「良い香り! 凄いです!」
「何げに結構良い部屋が空いてたね」
「はい! 素敵です!」
部屋に入ったナナは興奮気味だ。
見たことのない世界に魅了されているのだろう。
板張りの壁と天井が特徴的な客室には、木のうっとりするような香りが漂っている。丁寧に掃除されているらしく、埃やゴミはまったく見当たらない。清潔感溢れる客室だ。
また、ベッドを二つ置いてもまだスペースがあるくらいの広さがある。
これなら、大きな体のカザフがいても、狭さを感じることはないだろう。
「荷物は置けた?」
「はいっ」
ナナはカザフに駆け寄っていき、敬礼のようなポーズをする。
「これからどうしようか」
「えぇと……」
「一応プランは考えてきてみたんだけど」
「本当ですか! さすがです!」
ナナは胸の前で両手を組みながら、ラピスのような瞳を輝かせる。
それからカザフは、考えてきていた旅のプランについて説明を始めた。
◆
話し合いの結果、村の中を歩いてみることに決まった。
「ほえー。凄い人ですねー」
巨大な肉体を持つカザフと可憐な少女のナナが隣り合って歩いている光景は、非常に奇妙な雰囲気を漂わせている。通り過ぎる人たちは、必ずと言って良いほど、二人のことを見ていた。
「それに、視線を感じます」
「僕といるからかな……」
「え? どうしてそうなるのですか?」
「僕は体が大きいから、変に目立つんだ……」
冒険者仲間には見えないし、親子にしては年が近い。
偶然目にした第三者にしてみれば、二人がどのような関係なのか、まったくもって理解できないだろう。
「どこへ行く?」
「アクセサリーの材料になりそうな物が売っているお店とか、見たいですねっ!」
「じゃあ、可愛いグッズが売っている店とかどう?」
カザフはアイシトール村にも何度か来たことがある。そのため、どこに何があるかということは、ある程度把握している。
「それ良いです! そうしましょう!」
「うん。行こう」
「カザフさんは詳しいので助かります!」
ナナはことあるごとに褒めてくれる。それはカザフにとって、とても嬉しいことだった。
親しい者があまりいないカザフは、友から褒め言葉を貰える機会など滅多にない。依頼主から礼を言われることはあっても、だ。
それゆえ、ナナに褒めてもらえることは、カザフにとって一種の癒やしだった。