十六話「カザフさん、荷造り」
ナナと一泊二日の旅行を約束したカザフは、その日の晩、張りきって予定を考え始めた。
カザフはこれまで、誰かと一緒に旅を楽しんだことはない。というのも、その屈強そう過ぎる容姿ゆえ、親しい友があまりいなかったのだ。それゆえ、友人と旅を楽しむ機会はなかった。
宿の机に地図を開き、どこへ行くか考える。
自身の行きたいところと、ナナが楽しいと感じそうなところ。それらを上手くすり合わせるのが難しい。それが一人旅とは違う醍醐味でもあるわけだが、一人旅に慣れきっているカザフにしてみれば、二人ともが楽しく過ごせるルートを考えるのはかなり負担が大きい行為であった。
でも、カザフは挫けたりしない。
彼には、これまで冒険者として生きることで鍛えてきた根性がある。そして、逆境でも負けない心の強さもある。
だから、たとえ高い壁が目の前に現れても、すぐに投げ出したりはしないのだ。
「うーん……ここくらいなら行けるかなぁ……」
カザフとナナでは、好みが違うし、そもそもの体力も違う。同じ時間でも、歩ける距離はかなり違うだろうし。そういったところも考慮して、ルートを決めなくてはならない。
「雑貨屋さんとか好きかなぁ」
ナナと一緒に行けるルートを考えるのは難しかった。けれども、カザフにとっては、その難しさが面白くもあった。
確かに、カザフの一人旅よりかは選択肢が狭まる部分はある。
でも、条件がいくつもある中で旅を組み立てるというのも、時には楽しいものだ。
「こう行ってこう行って……よし! できた!」
◆
翌朝。
カザフは相棒の剣と袋二つだけを持ち、ナナのアクセサリー屋へ向かう。
ちなみに、何も入っていない方の袋は入手した素材を入れる用で、物が入っている方の袋は荷物入れである。そちらには、出歩くにあたって必要な物だけが入っている。
ナナのアクセサリー屋の前に到着した時、カザフはあることに気がつく。そう、入り口の【アクセサリー・ナナ】と書かれた看板に、【本日休業】と書いた紙が貼ってあったのだ。
カザフは扉を恐る恐るノックし、ゆっくりとドアノブに触れる。そっと捻って押してみると、扉はすんなりと開いた。
「おはよう、ナナちゃん」
勝手に店内に入ったカザフは、ナナを驚かせないよう気をつけながら挨拶をする。
だが、すぐに返事はなかった。
彼は取り敢えず待ってみることにした。
待つこと十分。ようやくナナが姿を現した。
「あ! カザフさん!」
「今日出発で良かった?」
カザフは一応確認してみる。するとナナは元気よく「はい!」と答えた。それを聞き、カザフはホッとする。今日出発ということをきちんと約束したわけではなかったため、捉え方に差があるかもしれない、と少し不安だったのだ。
「着替え完了しました!」
「荷物はできた?」
「実はまだ完成していないんです……」
「え。そうなんだ」
「すみません! 旅の荷造りなんて慣れていなくて!」
それを聞き、カザフは納得する。
旅なんて滅多にしないナナからすれば、荷造りさえも特別なこと。すんなり完了するわけがない。
そこで、カザフは提案してみる。
「そうだ。もし良かったら、荷造り手伝おうか?」
途端にナナの表情が明るくなる。
「え! 助かります!」
「今ある荷物はどこにある?」
「持ってきます!」
ナナは一旦店の奥へ引っ込み、しばらくして、鞄を持って運んできた。
長い方の辺が一メートルくらい、短い方の辺が三十五センチくらいの、直方体の鞄。革製。
「これです!」
「おぉ。良い鞄持ってたね」
「使えそうなのがこれしかなかったので、これにしました」
ナナは嬉しそうに笑いながら返した。
「いいね。で、既に詰めたのは?」
「そうですねー……着替えと寝巻きは入れました」
「タオルとかは? 一二枚あると便利だよ」
旅慣れしていないナナに、カザフは軽くアドバイスする。
「確かに! それは要りそうですね。持ってきます!」
ナナは駆け足で店の奥へ戻っていく。
その背中に、カザフはさらなるアドバイスを放つ。
「靴は履きやすいものがいいよ」
「それは大丈夫です!」
「良かった」
「アドバイスありがとうございます!」
そんな風にバタバタしながら、ナナの荷物を何とか完成させる。
「じゃあ行こうか」
「はい!」
身支度を済ませ、荷物をまとめて持ち、戸締りをしっかりしたら、いよいよ旅に出発だ。