十五話「カザフさん、旅の約束をする」
「へぇー、そんなことが! 驚きですね!」
「うん。僕も、まさか依頼主が黒幕だとは思っていなくて、だからびっくりしたよ」
美術館の一件から数日が経ち、カザフは今ナナの店にいる。
二つに結った金髪とラピスのような深い色みの瞳が特徴の少女ナナは、カザフの仕事話を聞くことに夢中だ。
もちろんそれは今に始まったことではない。
カザフが素材調達をするようになってから、ずっと、ナナは定期的に彼の仕事に関する話を聞いている。話を聞くことが既に習慣化しているのだ。
ナナは可憐な少女だ。
よく着ている純白の天使のようなワンピースはフリルがたくさんあしらわれていて可愛らしい。それに、容姿も、西洋人形を思わせるような要素が多くある。さらに、手足は細い。
そんな少女だが、意外と彼女は冒険の話を聞くのが好きだ。
彼女はいつもアクセサリー作りをしていて、店の中にいる。アクセサリーを売ることで生計を立てているから仕方がないことではあるのだが、長時間店を離れることはできない。
そんな生活だからこそ、外の世界の話を聞くことが楽しいのだろう。
まだ見たことのない世界、知らない世界について知ることは、大抵の者にとっては楽しいことだろう。
無論、踏み出すとなれば話は変わってくるが。
「それで、怪我は大丈夫だったんですか?」
「うん。処置して様子を見ていたら、もう落ち着いたよ」
「それは良かったです。でも、気をつけて下さいよ? カザフさんが動けなくなったら心配なんですから」
ナナのアクセサリー店は今日も客が少ない。
それゆえ、店内は二人だけの空間だ。
「素材が入手できなくなったら困るもんね。うん、気をつけるよ」
カザフは笑顔で返す。
そんな彼の様子を見て、ナナは少々気まずそうな顔をする。
「えっ……そ、そういうことじゃないです」
「え? 違うの?」
「素材がどうとかそういうことではなく……その、純粋に、カザフさんのことが心配なんです」
ナナはやや緊張気味の面持ちで言った。
それに対してカザフは首を傾げる。
「僕のことが? それなら大丈夫だよ。心配しなくていいよ」
「む、無理しちゃ駄目ですからね……!」
ナナはその整った顔をほんの僅かに赤らめていた。赤みを帯びた丸みのある頬は、男性の胸を打ち抜きそうな独特の魅力を放っている。
「うん、ありがとう」
「い、いえいえ……」
「あはは。君は何だか面白いね」
顔面を赤く染めているナナは、恥じらうように肩をすくめつつ、話題をずらす。
「それにしても、カザフさんのお話はいつも面白いです。さすが冒険者、って思います」
「え、そう?」
「はい! カザフさんにしてみれば普通のことなのかもしれないですけど、ナナにとっては新鮮な話がたくさんです!」
カザフと向き合う時、ナナの表情は生き生きしている。
「そっか。確かに、ナナちゃんはいつもここにいるもんね」
「いつかは旅とかしてみたいなぁーって思ったりします」
両手を胸元に当て、遠くを眺めるような目つきで、ナナは返した。
「それいいね。じゃあ旅してみようよ」
カザフはさらっと言い放つ。
突然のことに反応しきれずきょとんとしてしまうナナ。
「まずは一泊二日でどうかな?」
マイペースに話を進めていくカザフ。彼は、ナナが話についてきていないことを、あまり気にしていない。気にしていないどころか、そもそも気づいていないのかもしれない。
「え、え、えっと……」
「ん?」
「それって……ふ、二人ってことですか?」
「うん、そうだよ。どうかな」
ナナは微かに俯きながら、両手を耳に当てる。
耳まで真っ赤になっているのを隠すためだ。
しかしカザフは誤解する。
「もしかして、聞きたくないくらい嫌だった?」
「ちっ……違います! そうじゃない……んですけど」
「じゃあどういう意味?」
「その……初めての旅をカザフさんとできるなんて思っていなくて。それで、驚いて……」
ナナの発言をそこまで聞いて、カザフはやっと頬を緩めた。
「喜んでくれているんだね。そういうことなら僕も嬉しいよ」
漂うのは、ほのぼのとした空気。
「そのお礼は……ペンダントでいいですか!?」
「うんいいよ。っていうか、お礼なんて無しでもいいよ」
「いえ! お礼なしとはいきません!」
「……じゃあ、ペンダントにするよ。可愛いやつがいいな」
カザフは巨体の冒険者。
ナナはアクセサリー屋の少女。
二人は真逆に位置するような存在で、共通点など何一つとしてなさそうだ。
もちろん、生活スタイルは違っているし、得意としている分野もまったく異なっている。
でも、だからといって親しくなれないわけではない。
二人はそれを証明している。
「はいっ! 可愛いペンダント、今夜作ります!」
「じゃあ僕は、一泊二日で色々経験できそうな旅ルートを考えておくよ」