十三話「カザフさん、人型魔物と戦う」
螺旋階段を上っていく。
カザフは体が大きいため、体重が重い。そのせいか、一歩進むたびに、階段がギシギシと不気味な音を立てる。
その音だけでも、一種のホラーである。
一般人が聞いたなら、恐ろしさを感じていたことだろう。
慎重に階段を上り、二階に到着した——その時。
「え」
奥へと続く廊下から影が寄ってきていることに、カザフは気づいた。
もし一般人が今のカザフの立ち位置だったとしたら、大慌てで階段を駆け下りていたことだろう。
しかし、カザフは慌てない。
不気味なものが迫ってくる感覚には慣れているから。
カザフは「いよいよか」と思っているような顔つきで剣を抜く。そして、腹の前辺りで構える。
「チ……! チ……! チ……!」
そんな気味の悪い声を発しながら迫ってきたのは、人間に似た姿をした魔物。
身長は一六○センチもないくらいで、カザフよりずっと低い。また、体は痩せ細っていて、スピードはあるがパワーはあまりなさそうだ。無論、恐怖で動けなくなる一般人相手なら話は変わってくるだろうが。
「人型かぁ」
「チ……! チ……! チィ……!」
「どうしてそんなに血が欲しいのか、よく分からないなぁ。……時計の真似だったらどうしよう」
カザフは表情を消し去る。
そして、剣を振る。
「とりゃあぁっ!」
カザフの操る太い剣が、人型の魔物を薙ぎ払う。
その威力は、人間の冒険者たちの攻撃力を遥かに超えていた。
恐ろしいほどの破壊力だ。迫りくる人型の魔物を次から次へと薙ぎ払い、どんどん仕留めていく。痩せ細った魔物など、皆一撃である。
数分後、人型魔物は現れなくなった。
「あれ? 終わったのかな?」
次から次へと現れていた魔物が現れなくなったことに、カザフは首を傾げる。
「それにしても、素材が取れるところはなさそうだなぁ……。よし、取り敢えず帰ろう」
カザフが帰ろうと螺旋階段の方へ体を向けた——刹那。
彼の背後に、黒い影が現れた。
「うっ……!?」
黒い影の攻撃を背中に食らい、カザフは前へ数歩よろける。
が、すぐに振り返る。
そこに立っていたのは、この場所までの案内役を務めてくれた黒スーツの男性。
「え……どうしてここに……?」
「お見事。噂通りの、素晴らしい腕でございました」
男性は、面に穏やかな笑みを浮かべながら、落ち着きのある声でカザフの実力を褒める。しかも、小さく拍手をしながら。
「本物の実力者と感じたのは、貴方様が初めてでございます」
「えっと、話が見えないんですが……」
魔物がうろつく危険な場所にいるにもかかわらず、穏やかな顔をしている男性を見て、カザフは疑問を抱かずにはいられなかった。
「私はこれまで、名のある冒険者に、この依頼を出し続けて参りました。しかし、どの冒険者も、たいした度胸は持っておらず。いざ魔物の前に出ると慌てふためき、みっともない者ばかりでした」
男性は笑顔のまま話す。
「しかし貴方様は違った。魔物が出てもまったく恐れず、躊躇うことなく仕留めていっていた。それは素晴らしいことでございます」
カザフは男性の話を聞いている最中、背中に痛みを感じる。先ほど攻撃を受けた時に傷を負ったのだろう、と想像し、手でその辺りをさりげなく触ってみていた。
「貴方様こそ、真の実力者。それはよく分かりました。ですので……」
「ですので、何ですか?」
「ここで死んでいただきましょう!」
男性は腰の辺りから注射器を取り出し、それを自身の首に打つ。
すると、男性の姿が変化し始めた。
全身がムクムクと大きくなってゆく。背も、体つきも、すべてが一斉に変化していく。
そして、巨大な化け物が完成した。
「敵だったんですね」
「その通り。我はこの美術館の主よ」
執事のような風貌だった男性の面影は、もはや少しもない。
今の彼はもう人間ではなかった。
「我の夢はただ一つ。我が手先たちでこの世界を支配することだ。そのために、これまでずっと、手先たちに人の血を与えてきた」
巨大な化け物となった男性が事情を語っている間に、床からズズズと人型魔物たちが生まれてくる。
「冒険者たちの血が我が手先たちを強く育ててくれた。お主のような強者の血があれば……もっと強くなる!」
カザフは一旦逃げることも考えた。
けれど、その道は選べなかった。
なぜなら、こんな大量の魔物たちを放っておいたら、街にまた被害が出るかもしれないからだ。
己の身を護るためだけに街とそこに暮らす人を犠牲にする——そんなことはできない質だったのだ、カザフは。
「行くのだ! 我が手先たちよ!」
「……厄介だなぁ」
迫ってくる人型魔物たちを倒すため、カザフは剣を振る。
躊躇っている暇などない。
「どりゃあ!」
人型魔物には希少部位はない。そのため、倒す価値もほとんど無に近い。動きがシンプルなので初心者の練習相手にはなるかもしれないが、練習相手など求めていないカザフからすれば、これは完全に無意味な戦いだ。