十二話「カザフさん、違和感」
色々な街を渡り歩いていたカザフのもとへ、ある依頼が舞い込んできた。
アイスロック洞窟があった最北端のエリアから一キロほど離れた場所に位置する街トメアシティ。その中にある今は閉館となった美術館に住み着いている魔物をどうにかしてほしいという内容の依頼だった。
何でも、そこに住み着いた魔物が時折トメアシティ内に出てきて人間を襲うらしい。それによって死者が出たこともあるという。
それを聞いたカザフは、「それはいけない」と思い、依頼をすぐに受けた。
◆
依頼主の男性に連れられ、閉館した美術館へ向かう。
「ここが噂の美術館になります」
黒いスーツをきっちり着こなした執事のような容貌の男性は、かつて美術館だった建物の前へ到着すると、そう言った。
「へぇ、ここが……」
二階建てのようだが、豪邸のような高級感溢れる外観。玄関前に噴水があったり、屋根の上に銅像が立っていたり、いかにもお金がかかっていそうな雰囲気の建物だ。ただ、噴水の水は止まっているし銅像は錆びついているし、もうずっと使われていないという感じは凄くあるのだけれど。
「入ってすぐのところまで、私がご案内致します。一緒に来て下さい」
「あ、はい。分かりましたー」
カザフは執事のような出で立ちの男性の後ろを歩いていく。
一般人だろうに建物内に入るのが怖くないのかなぁ? などと思いつつ。
執事のような出で立ちの男性の背を追うように歩き、彼が開けてくれた分厚い扉を通り過ぎて、建物内へ入る。
入ってすぐのところには、受付として使用していたものと思われるカウンターのようなものが一つ。そして、一階の作品展示場所へ続くであろう細めの道と、二階へ向かう螺旋階段、二方向へ進めるようになっている。
「えっと……ここはまだ魔物がいないんですね」
カザフは辺りを見回しつつ述べる。
確かに内装は古そうだが、魔物らしき気配はないからだ。
そんなカザフの言葉に、案内の男性は静かに返す。
「はい。入り口付近は魔物が少ない時間帯もございます」
少し気になったところを突っ込んでみるカザフ。
「少ない時間帯も、ですか? 詳しいですね」
それに対し、男性は苦笑しつつ返してくる。
「何度か……主の命令で様子を見に来たことがありまして」
「へぇ。勇気がありますね」
「いえいえ、仕事だから仕方なくでございます」
主の命令で美術館の様子を確認しに行かなければならなくなったというのは、あり得ないことではない。だが、様子確認の命令を受けたとしても、わざわざ中にまで入るだろうか。冒険者ならともかく、それ以外の者なら、魔物がいるかもしれないのに建物の中へ入ったりなんてしないだろう。普通は怖くてできないはずだ。
「それでは、私はそろそろ失礼致します。魔物の殲滅、よろしくお願い致します」
「あ、はい」
カザフは周囲の様子を観察しつつ、短く言葉を返した。
「これまでこの依頼を受けた冒険者が生きて帰ってきた例はありません……どうかお気をつけて」
そして、男性に視線を向けようとした時、彼の姿はもうなかった。
「え……あれ?」
執事のような服装の男性はいなくなっていた。少し移動したのかと辺りを見回しても、その姿はどこにもない。
だが、直前まで声はしていた。
そんな素早くでていけるわけがない。
「おかしいなぁ……」
背後にある、入り口の分厚い扉は、既に閉まっている。
音を聞いた覚えはないがいつの間にやら閉まっていた。
「まぁいいや。取り敢えず様子を見て回ろう」
◆
建物の中にある絵画や設備はいかにも古そうな見た目。もうずっと使われていない、というような雰囲気だった。
しかし、埃は案外少ない。
魔物が住み着くほどずっと放置状態になっているのなら、もう少し汚れが溜まっていそうなものだが、床や作品の隙間などに埃が積もっている様子はない。
「なんというか……不自然だなぁ」
カザフは一階をゆっくりと歩きつつ、時折、飾られている古ぼけた絵画の側面を指でなぞってみる。
細い側面となれば、清掃していても埃がついていそうなもの。
しかし、埃は少しもなかった。
「やっぱり。誰かが丁寧に掃除してるとしか思えないなぁ」
それからも、カザフは、状態を確認しながら一階を回った。
しかし、魔物に遭遇することはなかった。
街にまで出てきて一般人を襲うほどたくさん魔物が住み着いているという話なのに、一階には一匹も魔物がいない。それを不自然と言わずして、何を不自然と言うのか。
「おかしい……」
カザフは本音を呟きながら、入り口まで一旦戻ってきた。
それから、螺旋階段へ視線を向ける。
「二階もこんな感じなのかな……?」
一階は一通り見て回ったが、魔物はおらず、埃もほとんどない状態だった。ということは、もし魔物がいるとしたら二階だ。
だが、魔物の足音や鳴き声が聞こえてくるといったことはまったくない。
魔物がたくさん住み着いているにしては、静か過ぎる。
だが、依頼を受けて来たのだから、二階を放って帰るわけにはいかない。
「よし、行こう」
カザフは勇気を持って、二階へ続く螺旋階段を上り始めた。