十一話「カザフさん、見つめてしまう」
真っ直ぐ下ろした漆黒の髪は、腰に達するほど長く、店内のライトを浴びて絹のように煌めいている。また、肌は艶やかで、赤い紅を引いた唇はしっとりとしていて、健全な色気が漂う。
そして、着用しているのは、てかりのある黒い生地で作られたマーメイドラインのドレス。大きく開いた胸元には魔物の鱗と思われるものがたくさん縫い付けられており、赤というか青というか、何とも言えない不思議な色に輝いている。袖はレース生地なところも大人びた印象だ。
「な、何をお探しでしょうかっ!?」
いきなり現れた美しい女性を前にして、ナナは緊張しきってしまっている。おかげで、発言が妙なことになっている。顔も声も引きつっているのだ。
「イヤリングなんてあるかしら」
「え? い、イヤリングですかっ!? えと、えと……」
ナナが緊張やら何やらであたふたなっているうちに、女性は手を耳元に移動させる。そして、右耳につけていた貝殻のようなイヤリングを外し、ナナに見せる。
「イヤリングというのは、こういうものよ。あるかしら」
そう言われ、混乱気味のナナは大きく頷く。
「あ、は、はいっ! あります!」
「どの辺りか教えていただける?」
女性は貝殻のイヤリングを右耳に戻しつつ、尋ねた。
「もちろんです! お任せ下さい!」
その頃になって、ナナは、ようやく落ち着きを取り戻してきたようだった。ぎこちない形で制止してしまっていた顔面に、僅かではあるが日頃の表情が戻ってきている。
大慌てのナナを目にして心配していたカザフだったが、やっと安堵することができた。
もちろん、カザフは首を突っ込んだりはしない。
なぜなら、この店の店員ではないからだ。
カザフはよくここへ来る。そのため、どこにどのような商品が並んでいるかは、それなりに把握している。でも、彼はあくまで協力者。ナナがアクセサリーを作る素材を集めてくる、という役目を負っているだけで、店の営業にはまったく関係のない存在だ。
だから、ただ見守るだけ。
口を出しはしなかった。
◆
「え、え、えぇぇ!? こんなに買っていただいて大丈夫なんですかーっ!?」
女性はいくつものアクセサリーを気に入った。そして、それらを一斉に買おうとしている。本人は何事もなかったかのような涼しい顔をしているが、ナナはかなり驚いていた。
「えぇ。素敵なものはすべて欲しいわ」
「あ、ありがとうございます……」
「礼には及ばないわ。ただ気に入ったものを買うだけよ」
女性はナナと言葉を交わす時、決して笑みを絶やさない。
柔らかな品のある笑みをずっと浮かべ続けている。
カザフは離れたところから女性を眺めていた。少しだけ、うっとりしながら。
厳つい見た目とぱっとしない顔立ちのおかげか、カザフはこれまで色恋沙汰に巻き込まれたことはない。優秀な冒険者であるにもかかわらずややこしいことに巻き込まれなかったのは、ある意味、幸運と言えるだろう。
だが、カザフとてまだ若い男性だ。
異性というものにまったく興味がないわけではない。
一番好きなものは可愛いもので、異性への興味はそこまで強くはないけれど。でも、美女を目の前にしたら、うっとりしてしまったりはする。
今も例外ではない。
絹のような質の良い黒髪を持つ女性を眺めていたら、笑みをこぼさずにはいられなかった。
綺麗だなぁ——そう思わずにはいられない。
「お買い上げ、ありがとうございました!」
「貴女のセンス、気に入ったわ。また来るわね」
「ありがとうございます!」
女性があっさり店を出ていってしまったことを、少々残念に思うカザフだった。
◆
店内にいるのが、また二人だけに戻って。
「ちょっといいですか。カザフさん」
そう切り出したナナは少し不機嫌そう。
「ん? 何かな?」
「さっきの女の人のこと、凄く見てましたね」
ドキッ!
この時ばかりは、さすがのカザフも心を顔に出してしまった。
「え。そ、そうだったかな……」
「もしかしてカザフさん、ああいう女性が好みなんですか?」
ナナは不満げな顔をカザフにずいっと近づけて問う。
顔に顔を急激に近づけられたカザフは、驚いて後退する。
「大人の魅力ーって感じでしたよね」
「え、あ、うん……」
「髪は黒くて綺麗だし、唇も紅がくっきりしていて色っぽいし」
「あ、うん……そうだね」
「貝殻の耳飾りは高級そうだし」
「う、うん。あれはかなり綺麗だったね」
カザフが頷いた瞬間、ナナは「やっぱり!」と大きな声を出す。
「滅茶苦茶見てるじゃないですか!」
「え、駄目なの……かな……」
「べっべつに! 嫉妬とかしてないですし、カザフさんが誰を見てようと関係ないですけど!」
ナナは非常に分かりやすいタイプだ。少し言動を観察していれば、何を考えているのかすぐに分かるレベルである。
「やっぱりそうですよねー。男の人って皆、ああいう大人びた色気ある女性が好きなんですよねー。知ってますぅー」
「ち、違うよ! そんなことないよ!」
「はい嘘ですぅー」
「好みは人それぞれ。君だって可愛いよ」
瞬間、ナナは顔を真っ赤に染めた。




