十話「カザフさん、仲良くなれた」
「あぁーん? 何だぁ、テメェ。調子乗んなよ?」
「かっこつけかよー?」
カザフに注意された男子二人は、ほぼ同時にそんなことを言う。品の欠片もない発言だ。
アイルは確かに、若さゆえ、怖いもの知らずな部分があった。それゆえ、年上にも遠慮なく挑んでいったりする、少々失礼なところもあって。
でも、悪人ではない——カザフはそう思っている。
「落ち込んでいる人に余計なことを言うなんて、かっこ悪いよ」
カザフには、アイルより男子二人組の方がずっと悪い人間に見えた。
弱い者や弱っている者を虐めている時点で悪人。
しかも、一対一で虐めるのではないところが、なおさら卑怯。
数の有利を活かしつつ傷つけるような発言を繰り返す。そんな人間を放っておけるほど、カザフは心ない人間ではなかった。
「いじめだよ。こんなの」
「あぁ!? 何だってぇ!? もういっぺん行ってみろ!」
「いじめだよ。こんなの」
「言うんかい!」
男子二人組はふざけているが、カザフは真剣だ。
「分かったら向こうに行ってくれるかな」
カザフと男子二人組の睨み合いが始まる。
——無論、カザフは立ち上がっただけで睨んでいないのだが。
「何だってぇ?」
「ターゲットじゃねぇからってなぁ、偉そうな口利いてんじゃねぇぞ?」
しかし、カザフの迫力は半端ない。ただ立っているだけで、恐ろしいものが漂う。特に、今カザフは少し怒っているので、迫力は倍増している。
その妙な圧にやられたのか、男子二人組は急激に弱気な顔になってきた。
「ふ、ふん……! まぁ今日は見逃してやる!」
「じゃあな!」
ついに去っていく男子二人組。
カザフはふぅと小さく溜め息を漏らすのだった。
男子二人組が去っていった後、それまで黙っていたアイルがぼそっと漏らす。
「……ありがとな」
歩み寄ってくれそうな言葉を聞き、カザフは瞳を輝かせる。
「ううん! いいんだ!」
穏やかでのったりとした話し方をすることが多かったカザフだが、この時ばかりは嬉しさのあまりはっきりとした調子で言葉を発してしまった。その変化に、アイルは戸惑う。
「……急にテンション高くね?」
「あ、ごめん。君が口を開いてくれたのが嬉しくて、つい」
「いや、べつにいいけどさ」
「ありがとう! そう言ってもらえて、ホッとしたよ」
カザフは喜んでいた。
なぜなら、アイルが友人のように話してくれたから。
カザフは本来、他人との争いを好まない質だ。だから、誰が相手であっても、なるべく仲良くしたいと考えている。もちろん例外はあるが、アイルはその例外には含まれない。
「じゃあ、キウイジュース飲んでくれるかな?」
「……またそれかよ」
アイルは少し冷めたような目でカザフを見る。
「うん。だって、飲んでほしいんだ」
「分かった分かった! 飲むから、もう言わなくていい!」
こうして少しばかり親しくなったカザフとアイル。二人は酒場のジュースを堪能し、また会おうと言い合いながら別れた。
◆
「へぇー。そんなことがあったんですね」
数日後、集めた材料を持っていくついでに、カザフはナナにアイルのことを話した。
「うん。友達になれそうで良かったよ」
「ですね! ……それにしても。カザフさんに挑むなんて、残念な男の子ですね」
「まだ若いからね」
「若いから、は、理由になるのでしょうか……」
ナナは少し不満げだった。
カザフに挑戦した少年がいたということに、不満を抱いているようだ。
「いくらなんでも、カザフさんを舐めすぎです!」
カザフが旅の間にちょこちょこ集めてきた素材が入った袋を開き、アクセサリー作りに使えそうな物を選別しながら、ナナは不満を漏らす。
「まぁ僕、有名でもないしね」
「でも普通は見た目で分かりそうじゃないですか!」
ナナの発言に対し、カザフは首を横に振る。
「そうでもないよ。僕、地味だし」
「地味じゃないです! カザフさんはかっこい——って、あ」
言いかけて、ナナは顔を強張らせる。
一方カザフはきょとんとした顔。
「ち、違います! 今のはその、間違いです!」
少しの沈黙の後、ナナは大慌てでそんなことを言い始めた。
しかしカザフは話にまったくついていけていない。というのも、ナナが「かっこいい」と言いかけたのを聞き逃してしまっていたのである。
「え?」
「べつにカザフさんのことをかっこいいとか思っていませんから!」
「う、うん。知ってるけど、どうして……?」
「もっ、もうっ! そういうことを言うのは止めて下さいっ!」
カザフがよく分からない反応をするから、ナナは余計に大慌て。彼女は完全に混乱しきってしまっている。
その時、キィと音をたてて入り口の扉が開いた。
「今、お邪魔してよろしいかしら」
歌手のような美しい声と共に店内に入ってきたのは、大人びた美貌を持つ黒髪の女性。
「え? あ、は、はいっ! いらっしゃいませっ!」
「アクセサリーを買いたいのだけれど……」
「も、もちろんです! どうぞ、ぜひ見ていって下さい!」
人間離れした美貌の持ち主の、いきなりの来店。
ナナは困惑しているようだった。