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プリン探偵

作者: 青熊

 プリンが消失した。


 恐らく私がこの事件の第一発見者だろう。

 定期テストの一日目、早く帰れるとワクワクしていた。なのに、私が家に帰ってきて、ごみ箱の中にあるプリン容器を見たときは、呆気にとられた。世界が凍り付いた感覚がした。


 静かな昼下がりに、こんな悲しい出来事があって良いのだろうか……!? 

 

 これの為に月曜日の今日を乗り越え、汗を流しながら帰ってきたというのに、既に彼女(プリン)は居なかった。私は一体何のために、今日を生きたのだ!? ちゃんと名前も書いてあったというのに……。


 ……考えても仕方のないこと。そう悔やんでも、あのプリンが戻ってくることはない。

 今、私がすべきことは何か。冷静に考えればはっきりするじゃないか。


 ――――犯人に罪を償わせる(プリンを驕らせる)

 ただ、それだけだ。



 まず、このプリンが消えたのは昨日の昼から今この時間までとみる。家族にばれないように奥の方へしまっておいたから、私自身も見る機会は少なかっために、犯行推定時刻が広くなってしまった。

 私の家族の犯行とみて、まず間違いないだろう。他人様の家に上がり込んで、勝手に冷蔵庫をいじくるような輩はいないと思う。


 ただ、家族の性格上、犯人を絞り込むことはできない。

 つまり、全員ありうるのだ。


 一番可能性が高いとしたら、我が弟だろう。年齢は九歳で小学三年生。その体はお菓子で出来ていると言っても過言ではない。一番冷蔵庫を漁り、うまそうなものを見つけては喰らうモンスターだ。


 だが、一つ引っかかるのはプリンの開け方だ。ゴミ袋の中に入っていたのは、まだ蓋のついた容器。弟の性格上、プリンの蓋は最後まで開けて食べるはずだ。カップラーメンとかも、お湯を入れる前に蓋を取ってしまうタイプ。それに、食べ方が丁寧だ。プリンのカスが一つも残っていない。そんなこと、ガサツな彼にはありえない話だ。


 プリンの容器を観察していると、私はとあることに気が付いた。蓋が乾いているのである。ということは、最近三時間に行われた可能性は低い。……どうせなら、湿っているほうが良かった。そうすれば、昼に帰ってくる父親だと判断できたというのに。

 これで父親である可能性は無くなったな。昨日は深夜に帰ってきて、着替えることもせずに眠っていた。朝はいそいそと外へ出たから、冷蔵庫を開ける機会はなかっただろう。


 犯行は、昨日の昼から今日の午前十時ごろに行われた。その間で、冷蔵庫を開ける機会が多く、尚且つプリンの蓋は取らずに食べる人物と言えば……母親か?

 母親は几帳面で少々貧乏性。だから、最後の最後まで丁寧に食べつくす人である。蓋を取らずに食べるところも、彼女らしい。料理などで冷蔵庫を開ける機会が多く、家を出るのが一番最後である彼女が犯人とするならば、まだ可能性がある。


 ……いや、子供を第一で考える人がそんなことをするだろうか?

 我が母親は、甘党だが、お菓子をねだれば自分の食べている菓子をくれるくらいに寛容である。そんな母親が、私が名前を書いて大切に隠しておいたプリンを食べるだろうか?

 ……答えは否。


 では、残るのは我が妹。中学二年生の彼女は、少々反抗期気味。名前が書いてあっても気にせずに食べてしまうだろう。それに、几帳面な部分は母親に似て、プリンの蓋を最後まで取らずに最後まで食べつくすはずだ。


 ……いやまてよ。我が妹がこんなにアホなわけがない。私の推理力については、彼女が一番理解しているはずだ。そんな彼女がのうのうと見えるような位置にごみを捨てるだろうか? あとから私にたかれることが分かっているのに、わざわざご丁寧にヒントを残していくだろうか。


 ぐるぐる回る思考。午後の静けさが、その速度をさらに加速させる……!!

 停止した世界の中で、私は考え続けた。もう、明日のテストなど構っていられるか。



 もしやこれは……弟の高度な犯行!?

 こうして跡を残すことにより、私の推理から一番先に外れたというのか!?

 ……なるほど、頭のいい奴だ。


 だが、私のほうが一歩上手だったようだな! 

 お前は私の推理力を見くびった! 

 そして自分の家族をも見くびった!


 甘い、甘いぞ弟よ! まるでプリンのようだ!!


 ……さぁ、答え合わせと行こうじゃないか。


 ☆


 時計の針が三時半を指した。そろそろ我が弟が返ってくる時間だ。

 やれ小学生とは気楽なものだな。普通の授業の日もこんなに早く帰ってこれるのだから。


 静かな空間を切り裂く、扉の音が聞こえた。外気が癒えの中に吹き込んでくる音が聞こえて、扉が家全体をわずかに震わせるように閉まったあと、その音は止んだ。

 どたどたと弟の足音がリビングへ向かってくる。


 ……そしてドアが開いた。


「うお、兄ちゃん帰ってたんだ?」


「……フッ、我が弟よ。その前に何か言うことがあるんじゃないか?」


「……何?」


 この期に及んで彼はまだとぼけるつもりらしい。実に馬鹿な弟だ。


「『プリン』だよ。なにか心当たりがあるだろう?」


 優しく、いや、実に意地汚らしく笑みを浮かべながら核心に触れる。大きな窓から差し込む暖かな陽光が、私たち二人を照らした。


「……あ」


 ほらな! 見たか!

 やはり私の推理は正しかった!!



「――――昨日、友達が来た時にあげたやつ?」



 ……は?

 

「なるほどね。それであの子は『名前が……』とか言ってたのか」


 ……は!?

 どういうことだ!? 何が起こっている?

 友達? 友達と言ったな!?

 私の推理は初めから外れていたというのか!?


 そうだ、気が付けば昨日の午後、私は昼寝をしていたから気が付かなかったが、弟の友達が来ていたんだった。なるほど、そういうことか。初めから犯人は家族ではなかったのか。


「あのプリン、兄ちゃんのだったのか」


 ちくしょう……他人様の子、しかも小学生にプリンを驕らせるわけにはいかない。


 ……いや、そもそも私が悪かったのだ。

 こんなプリンごときで熱くなって、償わせようだとか思ってたのが間違いだった。

 私はもう高校生なのだ。そろそろ大人というものを学ばなければならない。こんなちっぽけなもので、いちいち腹を立てていてはいつまでも子供のままだ。


「……いや、別にいいや」


 私はそれだけ呟いて、自分の部屋へ戻った。そして椅子に腰かけ、天井を見ながらぼんやりする。

 太陽の光の中で、埃が踊っている。静かな静かな昼下がり。


 また買えばいい。それで解決だ。



 ――――インターホンが鳴った。

 弟が玄関に向かい、その扉を開けた。何か話している声が聞こえて、二人分の足音がこっちに向かっていることに気が付いた。

 客人が来たからには、もてなさなければならない。茶でも出そうと思い、自分の部屋のドアを開けた。


 ソファーに座っていたのは、弟の友達だった。そして、彼女の手には三つのプリンがあった。


「あ、あの……これ……昨日はごめんなさい! 勝手に食べてしまって……」


 彼女は恐る恐るそれを私に差し出した。


 頭が真っ白になった。

 気が付けば、私はそれを受け取っていた。「ありがと」と小さく呟いて。


 事を理解した。彼女がプリン消失事件の犯人なのだ。その彼女が今、私に三つのプリンを渡してくれた。昨日の出来事に罪悪感を持って、わざわざ帰宅後すぐに持ってきてくれたのだ。

 ……なるほど、なるほど。「正解」が分かったぞ。



「――――一緒に、食べよっか!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 お兄ちゃん、優しい! シリーズになったら嬉しいです。
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