第26代勇者の転移
世界が勇者を選択する。
第26代勇者の場合はどうだったのだろうか。
苦労人勇者であり、最強の勇者と言われた第26代勇者の転移の話。
小柄な見た目で、特段目だった個性的な側面はなく、学校でも中の下の成績に運動神経は下だったこの男は、将来第26代勇者になる男だ。
この日、この少年19歳だった26代目勇者は、世界に選択され転移することになる。きっかけは元の世界での死でも、ゲームのように設定ありきで飛ばされた訳でもない。
夜中のバラエティー番組を自分の部屋で見ながら、明日の大学の体育の長距離のタイム測定は嫌だなぁ。などと考えながら、
「まあ、適当にやればいいか」
と独り言を呟いた。
この勇者の大学ではなぜだか体育の授業があった。
バラエティー番組の司会者が、「禊の時間です」と言ったあたりで、そのまま眠りについてしまった。
目が覚めると「転移」していた。
目を開けると目の前には川と、沢山の木々。
驚くことに、服装はハジャマのまま。
彼にはこういった不測の事態に冷静に「異世界ものか」などという適応力も知識もない。
自分がパジャマのまま田舎に放り出されたと思った。
大きな木にもたれかかった様に座った状態のこのシーンが、第26代勇者の転移後の状態だった。
「え、どこ?ここ」
とっさに立ち上がり、周りを恐る恐る見回す。
「パジャマ着てる、ってことは、寝てるうちに連れてこられたのか」
至極、普通の反応をする。
当たり前だろう。
寝て起きたらパジャマのまま自然たっぷりの状況にジャンプしたのだ。
「異世界にキター」
などと直ぐ様受け入れられるはずもない。
ましてや解説も、チュートリアルもない状態だ。
最近の異世界ものの主人公は幸先よく転生や転移を受け入れすぎなのだ。
しばらくパニックにはなったが、その場所から動かずに落ち着くまで動かなかったのは、ある意味で怖がりな性格も幸いしたようだ。
「靴も履いてないよ。靴下履いて寝てたのが幸いだったなぁ。外だし」
少なくとも、パジャマで裸足状態はまのがれた。
今一度言うが、彼はここが異世界だとは微塵も思っていない。
それどころか、普通の勇者なら世界に選択されたときに授かる力によって多少は元の世界と違うとさっすることもできるが、それすらない。
「とりあえず、ちょっと移動しよう。できれば、川に沿って行った方が町に出やすいかもしれない。よな。上流より、下流かな?イメージ的には」
靴下は履いてはいるが、小石や砂の道なので足が痛い。
「うーん、今冬だったよな。なんでこんなに暖かいんだ?」
この付近から少し疑問を抱く。
さすがに外国に連れてこられたとは考えにくいし、何よりもまったく記憶がない。
「禊の時間です」
が、最後に記憶にある声だ。
「もう随分歩いたなぁ、靴下汚れすぎだよ」
一時間ほどパジャマ姿で川のほとりを歩いていると、向こうから人の声がする。
男女二人がひらけた川辺で火を囲んで話していた。
「経験値大分たまったし、そろそろ町に戻ってもいいんじゃない?そろそろ宿屋でお風呂に入りたいわ。」
「あー、オレもぐっすり宿屋で眠りたい」
人の声に喜びが溢れる26代目勇者。すぐさま駆け足で彼らに歩み寄る。
「人がいたー、助かったー。
すいませーん、助けてくださいー!」
剣士風の男は直ぐ様パジャマ姿の勇者に警戒し、剣を抜いた。
「おい、待て、なんだお前は」
剣に驚き、無意識に両手をあげ、降参ポーズになりながらあやしくないと解説する。
「ちょ、待ってください、えっと、怪しいものじゃないんです。その、気づいたらこの川の上流にいて、自分でも全く状況がわからなくて、ですね。」
敵意がないことを確認した後、
剣士風の男と魔法使いのような服を着つつ露出度の高い女は、お互い顔をみあわせて少し不思議そうな顔をしたが、この世界観の異なる勇者を見て、剣士は剣を納めた。
「まず、話を聞こうか。それにその身なりも気になる。この森にそんな軽装備は危険だ。」
剣を納めた剣士は意外にも親切な対応だ。
勇者はわからないなりに今までの経緯を二人に話した。
「ところで、なんでそんな格好をしてるんですか?」
勇者には、二人の格好がコスプレにしか見えない。
剣士が考えこんでいるような表情でいると、
女魔法使いが、
「ねえ、これって、転移じゃない?勇者の」
と剣士に耳打ちした。
剣士もうっすらそう思っていたらしく、
「とりあえず、うちにはもう一人パーティがいるんだ。僧侶で博識なんだけど、まず今のお前さんの現状をそいつとも話したい。その上でそいつが戻ったら、まずオレたちは町に戻るんだが、お前さんも一緒に戻って身なりや状況を確認しよう。このままほっといたら死んじまうしな。」
「もう一人仲間がいるんですね。パーティかー、まるでゲームみたいですね。違う世界にいるみたいだ。」
勇者はまだ半信半疑で、死んじまうなんて大袈裟だなと。
内心は、半ば、
「何言ってるんだこの大人たちは」
くらいに思っていたが、自分の今の状況を打破するには彼らに付いていくのが無難だと思っていた。
「人もいて、町にも行くって言ってるし、しぱらくしたら家にも帰れるだろうし、よかったー」
と、軽く肩を撫で下ろして、もう一人のパーティの僧侶を待つことになった。