4.天界の人
「あーあー。メロンパン売り切れてたよー」
売店でアンパンとチョココロネを買って戻ってきた愛瑠は、千草と共に屋上にいた。
「遠藤さん達に、何言われたの?」
「誰それ?」
「さっき、あんたを連れ去ったグループのボスキャラ」
「あぁ、ツインテール?」
「あんたさぁ。クラスメイトの名前くらい覚えなさいよ。ほんっと、爬虫類にしか興味がないんだから」
千草は呆れた様子で愛瑠を見ながら、持っていたお弁当箱を開けた。
「いつもおいしそうだねぇ。千草のママのお弁当は」
うらやましそうに覗き込む愛瑠に、千草はちょっとだけ間を置いた後、
「交換しようか?」
と言った。お弁当を作ってもらえない自分に気を使ったんだなと感じた愛瑠が、いいよと首を振る。
「せっかく、千草のペタンコな胸が成長しますようにって、ママが早起きして作ってくれたお弁当なんだから、大事に食べな」
「まな板のあんたに言われたくないわ」
「確かに……。私の胸が大きくならないのは、お昼ご飯のせいかもしれないな」
自分の胸を見下ろしてそう言うと、
「残念な胸してるもんな」
という声が後ろから聞こえてきた。
「斗真!」
「せめて牛乳でも飲んだら?」
「うるさいなぁ。っていうか話しかけないでよ。あんたのせいで、ミニスカ集団に拉致されたじゃないか」
「ミニスカ集団って、クラスの派手な女たちのこと? ウルトラの母みたいな髪の女が仕切っている」
斗真がそう言うと、愛瑠はぶっと吹き出した。
「ウルトラの母ってねぇ。面白いこと言ってんじゃないよ。クラスメイトの名前くらい覚えなさい」
「あんたも、覚えてないでしょ」
千草が突っ込む。
斗真が顎に手を当てて、訝しげな顔をした。
「ウルトラの母がさぁ、イグアナを飼おうと思っているとかって、俺に言ってくんだけど、なんなんだろうな、あれ」
「ウルトラの母が?」
「まつ毛がわっさわっさしている女も、榛名に言ってたよな。エリマキトカゲと普通のトカゲどっちがお勧めかとか」
「つけまが?」
二人の会話を黙って聞いていた榛名が苦笑いする。
「遠藤さんと高橋さんね」
「榛名ったら、もうクラスメイトの名前覚えたの? すごいね。ついでにひとつ教えておいてあげる。この学校は今、空前の爬虫類ブームを迎えようとしているのだ」
愛瑠はそう言って、嬉しそうにパンをかじった。
「あんた、なんか良からぬこと遠藤さん達に言ったんじゃないの? あとで変なことになっても知らないからね」
「うーん。確かに嘘だとばれたらまずいなぁ」
愛瑠は眉をひそめて、斗真と榛名を見た。
「ねぇ。二人は、大の爬虫類好きってことになっているからよろしくね」
「なんでだよっ。俺、蛇とか、無理だし」
途端、斗真は顔をしかめて、身震いをする。
「えー。可愛いのに。天界人のくせに、生き物に好き嫌いしていいの?」
愛瑠が何気なく言うと、斗真と榛名は顔を引きつらせて固まった。
「何、天界人って?」
不思議そうにみんなを見つめる千草を見て、愛瑠がはっと息を呑む。
「ほ、ほら、プリンスだけにさ。手の届かないところにいるっていうか、私達、下界の人間とは次元の違うところにいるでしょ」
「あぁ、なるほどね。で、その恐れ多き天界の方々と、愛瑠はいつの間に仲良くなったの?」
「それがさぁ。公園で昼寝していたら、榛名が落した種を私が食べちゃって。それで、私」
「はっ腹下して、大変だったんだよな」
慌てた様子で斗真は愛瑠の肩に腕をかけると、耳元で、「誰かに知れたら、ただじゃ済まないからな」と囁いた。
「プリンスの前でお腹下すなんて、愛瑠らしいね」
「そうそう。こいつ、トイレにこもっちゃって大変だったんだ」
斗真が調子に乗って笑い、愛瑠が憮然とした表情で睨み付ける。
「斗真、女性に対して、そういうこと言うのはよくないよ」
呆れた顔をして、榛名が止めに入った。
「さすが天界の人。斗真、お前も見習え。お前はやはり下界の人間だ」
「うるせえな」
再び、言い合いが始まりそうな二人に、「ほら、斗真。そろそろ行くよ」と、榛名が踵を返す。
「じゃぁな。ちゃんと牛乳飲んで、成長しろよ」
胸を見てニヤッと笑った斗真に、愛瑠は上履きを脱いで投げつけた。軽く避けた斗真はベェと舌を出して、苦笑いする榛名に連れられ、去っていった。
「今度、あいつの下駄箱に蛇を入れてやる」
パンに噛みついて、つぶやく愛瑠を、千草が楽しそうに見ている。
「なに?」
「いや。天界の人が一気に、身近になったなと思って」
「千草もプリンスに興味あったの?」
「あー。ないない。私の趣味知っているでしょ」
そうだったと、愛瑠はうなずいて、
「千草は、ごついの専門だもんね」
と言った。
「そ。あの二人じゃ、線が細すぎ」
「さすが、千草」
格闘技好きで霊長類最強の男と言われるアレクサンドル・カレリンを理想の男性と仰ぐ千草を、愛瑠は密かに尊敬している。ちなみに、千草の名前は、プロレス大好きの母親が、女子プロ黄金期に活躍した長与千草からつけたものである。




