3.プリンス
翌日、いつものように教室に入った愛瑠は、いつもと違う光景に一瞬戸惑って、教室から出て首をかしげる。
「おはよう。愛瑠」
教室の中から、愛瑠の姿を見止めた榛名が立ち上がって、近づいてきた。
「なんでうちの学校の制服着てここにいるの? もしかして、転校してきたとか?」
「うーん。転校してきたとは、ちょっと違うけど」
「俺たちは、初めからこのクラスにいたことになっているから、よろしく」
斗真が榛名の後ろからやってきて、ニッと笑う。
「初めからって……」
愛瑠が呆気にとられていると、
「はっ榛名くん、斗真くん!」
と、登校してきた愛瑠の親友、茜千草が裏返った声を上げた。慌てて「おっ、おはよう」と二人に挨拶した後、「ちょっと、愛瑠」と無理矢理、席まで連れて行く。
「千草、二人のこと知っているの?」
「当たり前でしょ! 我が佐倉高校のプリンスとなんであんたが親しくしてんのよ!」
「我が校のプリンス?」
「何、寝ぼけたこと言ってんの! あまり近づくと、取り巻きの子に目を付けられるよ!」
そう言って、チラッと教室の真ん中を陣取るスカートの短い集団を見る。つられて、愛瑠も目を向けると、その集団からジロリと睨まれた。
「ふーん。プリンスねぇ。そういうことか」
愛瑠は目を細めて、斗真と榛名を見た。
「ふーんじゃないの! あんたは、ただでさえ、変な子だって思われているんだから、これ以上目立つことしたらダメだって」
「えっ? 私、変な子だったの?」
「えっ? 気付いてなかったの?」
「えっ? ごく普通の子のつもりでしたが……」
当然と言わんばかりの愛瑠を見て、千草は痛い子を見るような顔で首を振った。
「だって。あんた、授業中は寝てばっかりで先生に怒られるし。時々ふらっと学校から消えるし。そのくせ生物の授業だけは異様に張り切るし。決定的なのは、文化祭の出し物に、爬虫類展を提案したことだね。みんな、ドン引きしていたのに、気付いてなかったんだ?」
「嘘。結構、票入っていたけど?」
「あれは一部の男子が面白がって入れただけ。それに、あの中の一票は私の同情票だから」
千草の気の毒そうな顔に、愛瑠は愕然とした表情を見せた。
「そうだったのか……。みんな、爬虫類の可愛さを分かっていないのか」
「落ち込むとこ、そこなの?」
苦笑いする千草を愛瑠は恨めしそうに見ると、それ以上は何も言わず、ため息をつきながら自分の席に座った。千草は、「目立つなよ」と言い残して自分の席に戻っていった。
千草と入れ替わりで来た斗真が、「なぁ、愛瑠」と言いながら愛瑠の右隣に座り、後ろには榛名が腰かける。
「私はこれ以上目立っちゃいけない子らしいので、学校内では話しかけないでください」
「なんだ、それ」
「あんたが、自分たちのこと、プリンスなんて設定でみんなの記憶に刷り込むからだよ」
「バカ言うな。俺たちは、単に、姿と名前をインプットしただけだ。プリンスに仕立てたのは、お前たち人間。つまり、俺たちがイケメンだから、そう認識したわけだな」
もっともらしく説明する斗真を、愛瑠はシラっとした目で見た。
「なんだよ、その目は」
「イケてる友達と一緒にいると、その人自体は普通なのに何だかイケてるみたいに見られたりするよね」
「おい、榛名。お前、愛瑠にバカにされているぞ」
「お前のことだ!」
間髪開けずに愛瑠が叫び、クスクスと榛名が笑う。
「二人が話すとコントみたいだね。すごくいいコンビだよ」
「誰がだよ!」
二人で同時に同じ言葉を叫んでしまい、愛瑠と斗真は顔を赤くして、横を向いた。
窓際にいる千草が、『目立つな』と口パクで伝えてきた。
昼休みに入り、売店に昼ご飯を買いに行こうとした愛瑠は、「日向さん、ちょっといい?」と、ミニスカ集団に囲まれた。ちょっと離れたところで、千草が『だから言ったのに』と言わんばかりの顔で見ている。 愛瑠は肩をすくめてみせて、そのままミニスカ集団に、女子トイレへと連行された。
「日向さんって、橘くんや襲くんとどういう関係なの?」
集団のリーダーらしき、ツインテールの女性が窺うように見る。
「誰それ?」
聞き覚えのない名前だったため反射的にそう答えると、とぼけんじゃないわよと、みんなの目が鋭くなった。
「あ、あぁ、斗真と榛名ね」
察して答えた言葉は、呼び捨てするくらい仲がいいことを暗に告げていて、さらにみんなの目が険しくなる。
「は、爬虫類仲間なの。あの二人。イグアナとかトカゲとか、大好きで。私、家で飼っているから、それで情報交換しているだけっていうか」
慌てて作った嘘は、みんなを納得させたようで、「イグアナとか好きなんだ? かわいい」とキャピキャピ笑い合う。
「じゃぁ、私、そろそろ行くね。売店売り切れちゃうといけないから」
そろそろと歩き出した愛瑠の腕を、小さな目に何重にも付けまつげを重ねた女子が掴んだ。
「待って。愛瑠ちゃん。じゃぁ、二人のことよく知っているの?」
よ、呼び方が変わっている。
いつの間にか日向さんから、愛瑠ちゃんに呼び方が変わり、笑みを浮かべるミニスカ集団に、愛瑠は引きつった顔で後ずさりした。
「あ、あんまり。あの、爬虫類の話しか、したことないから……」
「でも、よく話すんでしょ? 彼女いるかどうかくらい分からない?」
「い、いないんじゃないかな」
適当に答えると、ミニスカ集団は先ほどよりさらにキャピキャピ度を上げて、笑い合った。
「じゃ、じゃぁ、私はこれで……」
「好きな子のタイプは?」
「え? えーっと……分からないけど、イグアナの似合う子?」
それだけ言って、逃げるように愛瑠はトイレから飛び出した。
その後、佐倉高校内に空前の爬虫類ブームが訪れるのである。




