完璧な青春
「あっつー」
「歩きにくいー」
足元で下駄がカランコロンと音を奏でる。涼しげな音だが、音で体感温度が下がるわけではない。しかも浴衣を着ているからお腹が苦しかった。赤い提灯が所々にぶら下がり、醤油やソースを焦がしたにおいが一面に広がっている。
私は今、友人たちと夏祭りに来ている。
男二人と女二人、いわゆるダブルデートというやつだ。高校生最後の夏休み、受験勉強ばかりで息が詰まっていた私たちは一日限りのご褒美として、浴衣で非日常の世界に飛び出した。しかし。
「電話つながったー?」
「つながらない。マナーモードにしてるみたい」
「何でマナーモードなんかしてるのよ……」
夏祭りのお約束、とでもいうのだろうか。少女漫画でもよくある展開だ。友達同士で夏祭りに来たら友人とはぐれて二人きり、というのは。しかし神様、あなたははぐれさせる相手を間違えました。男同士、女同士ではぐれさせたらそれはただの友人です……。
「せっかく浴衣着てきたのにー! 着てきた意味ないじゃん!」
「まぁまぁ、いいじゃん、私たちだけでも楽しもうよ」
カランコロンと下駄の音が響く。たくさんの露店が並ぶ中を二人で歩く。
「ねぇお腹すいちゃった。焼きそば食べよ!」
「えぇ!? あんたさっきたこ焼き食べて、もうお腹いっぱい! とか言ってたじゃん!」
「そりゃそうでしょ。彼氏の前で、たこ焼きと焼きそばと唐揚げとお好み焼きを一気に食べるなんてできないでしょ。引かれるよ」
「わかってるなら普段から大食いやめる努力しなよ……」
人混みで熱気が舞い上がる。焼きそばの列に二人で並んだ。
「やっぱ焼きそばおいしー! ソースは正義!」
「ちょっと! 浴衣にソースついちゃうよ! ゆっくり食べなよ!」
「あんたも食べなよ! ほら!」
口に焼きそばを突っ込まれる。口いっぱいにソースの味が広がった。
「んん! おいしいね……」
「屋台だからってばかにできないよねー」
「ほんとにおいしいね……。もうちょっとちょうだい」
「えー!? 半分お金払ってよねー!」
焼きそばを食べ終わった私たちはまた歩き出す。歩きながらポツリと、思ったことを吐き出した。
「彼氏の前でも猫被らないで素でいたらいいのに」
「……」
「食べたいものも食べれないなんて、しんどくない?」
「それ、あんたが言う?」
「……」
「あんたも猫被ってんじゃん。あんた、彼氏とまだ一回も喧嘩したことないんだって? あの短気でキレ性のあんたが。猫被りすぎでしょ」
「超気が合うのかもしれないよ?」
「違うでしょ。見てたらわかるよ」
何も答えずに黙って歩く。二人で黙ると、周りの喧騒が余計に耳についた。
ふとある屋台を見つけて立ち止まった。
「なに? どうしたの?」
「あれ、飲んでみたい」
「え? あぁ! 電球ソーダ! 今流行ってるよねー!」
インスタ映えすると評判の電球ソーダも、今や屋台に並ぶようになったらしい。不思議な光景だ。屋台に並び、一つずつ購入する。渡されたのは、電球の形をした入れ物に入った透明の炭酸水。
「???」
「あれ? 電球ソーダって飲み物の色がすごくカラフルだったような……」
「あ、ソーダにこれを入れてねー!」
屋台のおじさんに渡されたのは、かき氷のシロップだった。
「……」
「……」
正直、かなりガッカリした。手早く自撮りを済まし、中身を飲んでみる。
「どう?」
「んー……、微妙……。そっちは?」
「まぁ……、微妙、かな?」
微妙な味だが、捨てるのももったいなく人でちびちびとソーダを飲む。
「さっきの話だけどさー」
「んー」
「私らは今学校では理想のカップルって感じじゃん」
「……それ、自分で言ってて恥ずかしくない?」
「恥ずかしいけど! 本当のことじゃん!」
「……」
「才色兼備で有能な美男美女がくっついたんだから学校中の生徒が私たちに注目する。当然でしょ」
「……」
「そのために私たちは、理想のカップル、理想の彼女を演じなくちゃいけない。少なくとも、高校に在学している間は」
「……そうだね、私たちも後から高校生活を思い出した時、非の打ちどころの無い完璧な思い出を作るためには私たちが完璧でなきゃいけない」
「私たちは今、青春を作ってるんだね」
「……なんか、これみたいだね」
私は、もうほぼ中身が空っぽになった電球ソーダの容器を掲げた。
「見た目は派手で、きらきらしてるけど、中身はちっぽけでおいしくもない」
「でも、私たちが選んだんだ。自分たちだけがわかる充実した青春か、皆が羨む空っぽの青春か。私たちは後者を選んだ」
「わかってるよ。今更後悔なんてしない。私たちは皆の理想になってみせる」
私たちは運命共同体だ。同じ目標に向かって、二人で進む。たとえその道の先に何もなくても。
「でもさ、この電球ソーダは屋台で買ったから微妙なだけかもしれないよね」
「え?」
「これ、電球ソーダ専門店とか、本場の韓国で飲んだりしたら超おいしいかもしれないじゃん? 私たちが目指してるのって、そういうことだよね?」
「そう……だね。うん、派手においしく、だよね」
二人でふふっと笑う。風がそよそよと吹いた。
「あー! やっと彼氏から連絡来た!」
「ほんと? よかった。じゃあダブルデートの続きと行きましょうかねぇ」
「行こう行こう」
下駄で強く地面をける。強くカランと音が鳴った。
さぁ行こう、完璧な青春を作りに。