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〈交友法〉、レベル五


 春樹が阿澄咲と交渉してから、一か月がたった。

 春樹たちは貴族を指導した。特に横暴の目立つ貴族たちを捕まえ、裁判にかけたのだ。

 何度かフェリクス公爵に干渉はされたものの、5~6人は罪人として立件することに成功した。まだ裁判の途中ではあるが、貴族でも捕まるという空気がこのマーリン地区で生まれたため、以前よりは犯罪的な行いをする者が減った。


 優はまだまだと意気込んでいたが、春樹にとってはこれで十分なように思えた。

 この地は、これから良い方向へと向かうだろう。


 知事の役職は、貴族たちに対抗するため阿澄咲が用意した肩書に過ぎない。春樹は別にこの地方すべてを統括しているわけではないし、そう言った本業は副知事にすべてを委任している。

 逃げ出そうと思えばいつでも逃げ出せる。この地の貧しい人たちが気になって仕方ない優とは違い、春樹はそれほどこの件に関して感じるところがないからだ。


 だが、春樹はいまだここにいる。


 ここはマーリン地区、貴族居住区画。

 広大な敷地の建物の一つを、春樹と優は自分の住まいとしている。


 屋敷の外、庭にある一本杉の前で、春樹はぼんやりとしていた。


「…………」

「どうしたんだ?」

 

 いつの間にか、隣に優が立っていた。


 さぞかし自分は変な表情をしていたのだろう。物思いに耽る姿というのは、たいていぼんやりとしているものだ。


「黒幕……」

「あ、最初に言ってた黒幕Xとかいう奴だっけ? 春樹はあいつをまだ追ってたのか?」

「ああ……」


 そう。

 ずっと、頭の片隅で引っかかっている何か。まるで誰かの手のひらで踊っているかのような、そんな錯覚。


 春樹はずっと黒幕について調べていた。 

 誰が召喚を主導したのか? なぜ自分たちが選ばれたのか?

 貴族たちの公式回答は『国王と賢者がランダムに選んだ』だ。だがそんなはずはないことは、先の考察によって十分理解している。


「推理小説のように上手くいかないものだね、現実とは」

「ま、証拠も何もないからな。春樹はよくやってると思うよ」

「…………」


 よくやってる、では済まされない。

 が、現状打つ手がないというのが正直な感想だ。春樹にとって、もはやこの地で黒幕の正体を追い続けるのは……時間の無駄。


「そろそろ、匠のところに行こうとおもうのだが、どうかね?」

「匠のところに?」

「手紙は一応渡したが、もっと互いに会って情報交換をすべきだと思うね。俺がいなくても、すぐにこの地がどうにかなることはないだろうからな。しばらくは……」

「……そうだよな。しばらくなら、大丈夫か」


 『しばらく』と言った春樹だったが、正直なところ、ここに帰ってくるつもりはない。しかしこの地のことを気にしている優に、余計なことを言う必要はないだろうという判断だ。


「あ、レオンさん!」


 優が家の前を歩いている貴族に声をかけた。


(あれは……レオン公爵だったか?)


 春樹は彼を思い出す。

 横暴が目立つ貴族たちの中で、比較的穏健な男だ。したがって優の対応も、他の貴族たちに比べ柔らかいように見える。


「もっと、子供たちに食事を――」

「園田殿はお優しい――」


 挨拶と簡単な会話を終え、優が戻ってきた。

 優は手に一枚のカードを持っていた。


「なんだそれ?」

「ああ、俺のスキル、〈交友法〉。レベル五で生まれた」


 貴族たちはいまだ自分たちにバッジを渡している。というかそうしろと春樹が命令したのだ。

 そうすることで、御影や加藤に渡る分のバッジを減らせないかと思ったからだ。効果はあまりないように思えるが、全員分のバッジが御影や加藤に向かってしまうよりはよっぽどましだ。


「カード? 相手を使役できるカードかね?」

「レベル五は名刺。出会った人の名刺がもらえるんだ。それだけ」

「…………」


 優はポケットから何枚もカードを取り出し、春樹に渡した。

 元地方役人。元大臣。元男爵。元将軍。学生。大工。農民。種類は様々。

 春樹はがっかりした。職業と名前では、大した情報量にはならないからだ。

 

「それは何かに使えるのかね? 随分とかさばっているように見えるが……」

「……いや、みんなの名刺を集めようと思ってさ。なんかさ、ここまできたらコンプリートしたくて」

「君はカードゲームに熱中する中学生かね?」


 ただ、名を変えた潜入者に対しては、使えるスキルかもしれない。女王の咲あたりに売り込めば、また金か何かをもらえて……。


 そんなことを考えながら、春樹は優が手に持っているその名刺へ目を落とした。


 名前、レオンハルト。

 職業、魔王。

 

「え……?」


 優の呼吸が止まった。傍から見ていた春樹とて、同様の驚きを隠せなかった。

 魔王。

 それは異世界者にありがちなラスボス。ありがちすぎてむしろ裏に神とか天使とかそういう真の黒幕が控えているのではないかと疑ってしまうレベルの、チープな悪の親玉である。


「な、なんだこれ? なあ春樹。これ、なんで魔王なんて……」

「そうか……そこに隠れていたか。見つけたぞ、黒幕X」

「はぁ?」


 優が素っ頓狂な声を上げた。


「魔王、というか魔族がなんでここに?」

「わかりきったことだ優。『溺れる者は藁をもつかむ』。絶体絶命の亡命貴族たちは、よりにもよって最悪の存在に声をかけてしまったわけだよ。同盟関係か、あるいは配下になったかは知らないが、明らかに人類への裏切りだね。我らの女王陛下が知ればなんというだろうか……」

「……待てよ春樹。こんなおもちゃみたいな名刺に出てきた肩書だぞ。自称とか思い込みとか、そういう可能性だって……。だいたいあの人……あー」


 と、優が何かを思い出すように目線を逸らした。


「……貴族とかってさ、自分が伯爵だとか家がどうとか血統がどうとか、聞かれなくてもあれこれ言ってくるだろ? あの人にはそれがなかったから、ちょっと違和感はあったかな……。いやでもそれにしても……」


 無駄に女の奴隷を持っていないレオンはフェリクス公爵に通ずるものがある。しかし彼が貴族の取りまとめ的な存在であるのに対し、レオンはどちらかといえば周りから浮いているように見えた。

 

 ともあれ、優の懸念はもっともだ。

 それとなく他の貴族たちに探りを入れる必要がある。優のスキルに関しても、テストをして本当に正しいのかどうか確認することも需要だ。

 だが、もしこのレオンが本当に魔王であるなら……。


「……もしあいつが本当に魔王なら、倒すぞ」


 深く、決意を孕んだ声で春樹はそう言った。


「優。この場で、魔王を倒そう」

「い、いや春樹。魔王を倒すって、いきなりそんな……」

「これはチャンスだ優! 俺たち、いやこの世界の人々を苦しめるすべての元凶が、この場にいるのだよ。奴らは何の罪もない人間を大量に殺している。貴族たちよりも、よっぽど悪質だ」

「……そうだよな」


 優が頷いた。


「俺も匠も、他の奴らだって、帰るべき故郷があるんだ。こんな気がかりな奴を放置したまま帰るなんて、できるわけがない」

「魔王がいれば、匠は帰るのを渋るだろうね」


 話を聞く限りでは、元の世界と現実世界の時間の流れには差がある。匠たちがこの地に来てすでに一年以上が経過しているが、春樹たちはまだ同じ教室の同じ学年のままだ。

 匠と他の女子たちは、それだけ長い間この地で過ごしてきている。多くの愛着が生まれ、交流が生まれ、そして仕事を得ただろう。それは一朝一夕ですぐ放り出せるものではないし、


 だがそれでは、困るのだ。

 匠には元の世界に帰ってもらわなければならない。そうしなれば、鈴菜や一紗はハーレムを許容してしまうから。

 春樹の計画に元の世界へ戻ることは必須。魔王殺しは、勇者としてこの地にやってきた匠の帰郷を促す重要なファクターとなり得る。


「でも可能なのか春樹? いくら魔王一人でここにいるって言っても、相手は魔族たちの頂点に立つ最高の存在だぞ? ラスボスいきなり倒すって、ゲームならバグレベルの話だって……」 

「俺も魔王相手だ。100%勝てるとは言えない。が、少し時間をもらえないかね?」

「春樹、それは」


 怖気づく優の肩を、春樹は強く叩いた。

 

「我に秘策あり、だ」


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