公爵のお使い
園田優は広場にいた。
マーリン地区、平民たちが暮らす区画にある広場。切り株と背の低い草が並ぶ、雑風景な場所だ。
「ゆうーゆうー」
「たっちー」
「わーい」
周囲には子供たちが集まっている。優と一緒に遊んでいるのだ。
娯楽が少なく、貧困の支配するこの地域。せめて子供たちだけには笑顔を取り戻して欲しい、と優が始めたボランティアである。
ぼろぼろの服を着た子供たちを見ていると、どうしても元の世界と比べてしまう。そのたびに、優は憂鬱になった。
「やあ、優。それにみんな」
背後から、春樹が現れた。
「食べるかい?」
そう言って、手に持っていたりんごを子供たちに配り始めた。
春樹は金持ちだ。
それは、元手こそ貴族たちからもらった金だったが、今は完全に自分で稼ぐようになっている。
方法は様々だ。
ごく簡単な蒸気機関やソルベー法などの化学・工学的技術。
血清療法・壊血病などの欠乏症治療に関する医療技術。
将棋やチェス、あるいは球技などの娯楽。
天ぷら、みそ汁などの料理。
これらを貧民、貴族たちに広めていった春樹は、今やこの地域において時の人と言っても過言ではない。
名声も金、そして情報も自然と集まってくる。
おいしそうにりんごを食べる子供たちを眺めながら、春樹と優は切り株の上に座りこんだ。
「春樹、すごいよな。完全に天才扱いじゃないか」
「この地域が貧しい場所だったのも功を奏したな。何をしても珍しがられ、貴族たちからは過剰なまでに褒められる。まあ、まだまだだがね」
期間にして三か月。この周囲ですごいとは話題になっているものの、さすがに短期間ではそれが精一杯。多少懐は温かくなったが、富豪とかいうレベルではない。
ただ、動きやすくなったということは事実だ。おかげで、この地域を取り巻く状況もおぼろげながら見えてきた。
「ゆうー、ゆうー」
鼻水を垂らした子供が、服の袖を引っ張ってきた。
「はは、分かった分かった。少し待ってて、このお兄ちゃんと話し終わってからにしよう」
「うん」
子供は素直に立ち去っていった。
「随分と人気者だね優。それが君のスキルかね?」
「……いや、少し違うな春樹」
優は手を振りかざした。すると、彼の周囲からキラキラと輝く粉雪のようなものが出現した。
「うおおおおおおおお」
「すげえええええええっ!」
子供たちが興奮しながら優を見ている。
優のスキル、〈交友法〉は人と仲良くするためのスキル。優は今、それを使用したのだ。
もっとも、スキルを使うために必要なバッジは希少なため、それほどもらえる機会もないのだが。まったく無視するわけにもいかないから、お情けで恵んでいる程度だろう。
「その光浴びたら、誰とでも仲良くなれるのか?」
「…………そんな強いスキルじゃないみたいだ。これ。レベル1だし」
「レベル? スキルにレベルがあるのかね? レベル2は?」
「知らない。どうやったら上がるのかとか、書いてなかったみたいで……。それに説明を見る限り、たとえレベルが増えても効果は限られてくるみたいだからな……」
〈交友法〉は人と仲良くするスキル。このキラキラ輝く雪のようなものも、触れれば相手の印象が良くなる効果がある。
だが洗脳とかそういうレベルの力ではない。せいぜい、『こいつのこと嫌いじゃないなー』程度の認識を植え付けるだけだ。
仲良くなることと服従することは違う。
「ふむ、それはなかなか厳しいな。まあ、魔法とまるかぶりの俺よりははるかにましだがね……」
「そういえば春樹。大学から誘いがあったって聞いたぞ。行かないのか?」
すでに御影以外はほぼ野放し状態だ。この地区なら自由に行き来することを許可されているし、金儲けや子供たちと遊んだりすることもできる。さすがにここから逃げることは許さないだろうが、このマルクト王国の大学であれば匠たちとは関係ない。貴族たちも、春樹が大学へ行くことにそれほど難色を示さないと思う。
「悪くはないが、生憎とまだやるべきことがあるからね。俺は鈴菜様をこの手に掴むため、そしてお前は一紗を取り戻すために……」
「まだその辺は半信半疑なんだろ?」
春樹と優は、それとなくこの周辺で情報収集を試みている。
ある程度の成果は収めているものの、貴族たちは自分の不利になるようなことを話そうとはしないし、一般の村人に至ってはそもそも身の回りのことしか知らない。隣国のことを聞いてもほとんど情報らしい情報は得られなかった。
「おお、優殿、探しましたぞ」
森の奥から、新たな来訪者が現れた。
マントを身に着けたカイゼルひげの男性。
王弟フェリクス公爵。
春樹の話では、彼が『黒幕X』の筆頭候補らしい。
優は心の中で警戒を強めた。
「子供たちと遊んでいたのですかな?」
「はい」
「いやはや、心温まる情景ですな。……ご覧の通り、この地域は貧しい者たちが多い。我々亡命貴族は、一応この地方の領主的な扱いを受けていますが、あまり芳しくない状況です」
「…………」
「この国、マルクト王国において我らは他国の貴族。そしてこの地は首都から遠く離れた国境近くの辺境。国としてはあまり力を入れたくはないのでしょうが、だからといってこの貧困を見過ごせるはずがありません。必要な資金、物資が今すぐにでも必要なのです」
食料や金があれば、確かにこの状況はいくらか改善するかもしれない。
もっとも、本当に子どもたちのところまで届けば、の話ではあるが。
「そこでです。優殿の〈交友法〉を使い、かの国の地方役人と交渉してきていただきたいのです」
「俺が、ですか?」
「あなたのスキルがそれほど強くないことは、私もよく知っています。しかし今、我々は藁にもすがる思い。すべては、この地に住まう貧しい子供たちのために……」
(お前たちのせいだろ……)
と、優は心の中で毒づいた。
いかにも自分の力が及ばない風に腰を低くしながら、頭を下げる公爵。一見すると、確かに貧しい人たちのせいで心を痛めているように見える。
だが、優はもはや貴族たちにすがって生きている人間ではない。春樹とともにこの地域に関する情報は収集済みだ。
亡命貴族がやってきたことで、税金が跳ね上がったこと。
多くの少女が連れ去られてしまったこと。
時に理不尽に振るわれる暴力、民を蔑ろにする嘲笑。
つまりは、ここで公爵が言っていることは嘘。ただの言い訳。ここに来た頃の優なら騙されていただろうが、話を聞いてみれば矛盾だらけだ。
だがそれをこの男に指摘したりはしない。他のいかにも小悪党といった感じの貴族たちとは一線を画す、知性と品格が備わっている公爵。勘ぐればはぐらかされるだろうし、下手をすれば殺されてしまうかもしれない。
この件に関しては、しばらく馬鹿なままでいい。それが優と春樹の下した結論だった。
「その交渉、俺も参加していいだろうか?」
隣にいた春樹が、そんなことを言った。
「もうすでに知っているとは思うが、俺は異世界での知識をこの地域に役立てた。交渉に俺の用意した血清や将棋があれば、多少は使えるのではないかね?」
この地で活躍中の春樹だ。もちろん、フェリクス公爵もそのことを知っているだろう。
もっとも、それは春樹が貴族たちに見せている表面的な成果だ。もし優や春樹の現状を正確に把握していたとしたら、こうしてのこのこ一人で話しかけてきたりはしないはずなのだから……。
「願ってもない申し出だよ」
フェリクスは快く頷いた。
この様子を見る限り、単純に資金繰りに困っているのは事実らしい。
「ここは王国のへき地。問題ないとは思うが護衛もつけましょう。どうか、貧困にあえぐ民たちを助けて頂きたい」
貧困に喘ぐ子供たち。
貴族たちに囚われた奴隷。
御影と加藤。
そして春樹が指摘する黒幕Xの存在。
敵は多い。助けるべき人も多い。そして謎も多い。
優、そして春樹は外に出ることができるらしい。これを機に、状況を有利に進めていきたいものだ。




