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黒幕X ~時任春樹の考察~


 マルクト王国東方、マーリン地区において。

 園田優は噴水の近くに腰掛けていた。亡命貴族たちの住む中央区からやや離れた、この地区に住む住民たちの憩いの場となっている場所だ。

 

 元の世界からここに召喚され、二日がたった。

 あの日以降、御影はまるで生き神のように丁重に扱われ、建物の中でスキルの練習をしている。

 完全に貴族たちの秘密兵器状態だ。とても便利で強いスキルなのだろう。気になりはするが、完全に秘匿されているため誰に聞いても教えてもらえない。


 一方の優たちは、特に何もされてはない。

 一応は最低限の食事や金銭は渡されているが、その程度。こんなところでぼんやりしていたとしても、特に何かを急かされることはない。


「優、こんなところにいたのか?」


 優の友人、時任春樹がやってきた。同じ爪はじきにされている者同士、暇を持て余しているのかもしれない。

 優は憂鬱になって項垂れた。

 優、春樹。そして元の世界であれば、ここに匠がいるはずだった。三人は友達だったのだから……。

 

「いまだに、信じられないな。匠がさ、魔剣に操られて暴君になってるだなんて……」

「君はあの話、信じるのかね?」

「え……?」

 

 春樹の言葉に、優は思わずそう呟いた。

 信用できるか?

 と、問われれば答えはYESでありNOでもある。先ほどの言葉は信じられないからこそ発言したものであり、しかしそれと同時に貴族たちを疑いきれない自分もまた存在するからだ。


「あの公爵が島原さんの名前を出した時、御影の反応を覚えているかね?」

「ああ、妙に驚いてたよな。あいつ、島原さんのことが好きだったのかもな……」

 

 今にして思えば、そうだったのかもしれない。


「おそらくはそうだ。そして、思い出したまえ。御影新は島原乃蒼に片思い。園田優は長部一紗の恋人。加藤達也は……まあ、赤岩つぐみを好きなわけじゃないが、妙にこだわってるところあっただろう? それに……」

「大丸鈴菜を好きなお前、か?」


 春樹が鈴菜を好きなことは、ずっと前から知っている。そもそも春樹が勉強に励んでいること自体、鈴菜が深く関係している。

 

 ――僕より馬鹿な男とは付き合いたくない。


 そう、彼女が漏らしていたのを思い出す。本気か冗談かは分からない。ただ、春樹はそれを真に受けて、必死に勉強してテストの点を上げていた。

 敬意と愛情入り混じった感情。尊敬しすぎて、『あの方』とか『鈴菜様』とか彼女を呼んでいる始末だ。


「…………」


 なるほど、春樹の言わんとしていることは理解できた。

 

「妙だな。あの公爵、なんで俺らの関係者だけ名前を出した? いや出せたんだ? っていうかそもそも、『匠の支配下に運悪く入ってしまった少女たち』、みたいな言い方だったよな? 偶然、俺たちの関係者だけ匠が奪ったってことか?」

「逆だ優」


 まるで教師が書いた板書の間違いを指摘するかのように、澄んだ声で春樹が言った。


「俺たちが偶然関係者だったんじゃない。おそらく、関係者・・・の俺たちが呼ばれたんだ」

「……春樹、それはつまり」

「強い感情を持っていれば、それだけ敵意を焚きつけやすい。あいつらは俺たちを匠にけしかけたかった。だから、俺たちが呼ばれた。一紗の名前を出せばお前が黙っちゃいないと、知ってたのだよ……」


 気が付けば、こめかみあたりから冷や汗が伝っていた。

 匠の魔の手から、国を救ってほしい。そういう触書で、自分たちは呼ばれたはずだ。敵意を焚きつけたりとか、呼ばれる前から監視されていたとか、そんな話は全く聞いていない。

 優ですら御影が島原乃蒼のことを好きだとは知らなかった。情報収集もここまでくれば、ある種のストーカーにも等しい。


「じ……じゃああいつらが俺たちを騙してるってことか? 反乱とか魔剣とか全部嘘で……。あ、いやむしろその辺りは本当だったから、必死に煽ってるってことか? あいつらホントは悪で、匠が正義の味方だったのか?」

「落ち着きたまえ優……」


 混乱から、まとまりのない発言をしてしまったことに気が付く。

 優は深く深呼吸した。心を落ち着かせるためだ。


「まあ、仮にこの状況を仕組んだ黒幕を『X』としよう。」


 X。

 いかにも謎の人物っぽいその単語に、優は何とも言えない気持ちになった。


「優、君はその男についてどう思うかね? 心当たりはあるか?」

「……例えば、加藤とか?」


 思い返せば、加藤にはいくつもの不自然な点がある。

 まだ元の世界にいたとき、異世界のことを示唆する発言をしたり。

 教師にはやけにつっかかっていたのに、ここの貴族たちには暴言を吐くこともなく。

 そしてなにより、大人しすぎる。


「あいつ怪しいと思う。この状況だ、もっとイライラして御影に罵声を浴びせたり物を蹴ったり暴れまわったりしてもいいはずだ」

「優、俺もそれは思ったよ」


 春樹のその言い方。どうやら、優の意見には同意してくれないらしい。


「……だが加藤では弱い。あいつはそれほど頭が良くないし、何よりあの貴族や公爵と仲良くなって結託するとはどうしても思えない。彼が策を練って俺たちを嵌めると思うかね? 違うね、奴は頭よりも先に手が出る。まあ、この件に一枚噛んでる可能性は高いが……」


 確かに、と優は思った。

 加藤が頭のいいやつだったら、もっとスマートに生きているはずだ。教師に怒鳴られ、学校で毛嫌いされ、そんな役回りに甘んじているはずがない。感情が制御できていないから、今の奴がいるのだ。


「Xはもっと恐ろしい敵だ。そいつは加藤を懐柔して、俺たち異世界人同士を争わせようとしている」

「そのXが俺たちの本当の敵、か?」

「あまり結論を早めるべきではないさ優。奴らの言うように、匠が魔剣で悪さしている可能性もないわけじゃない」


 どちらにしても、ここの貴族たちは信用できない。

 春樹はそう言いたいのだろう。


「幸なことに、俺の能力はクズだった。滑稽と言わざるを得ないこの状況。みんな御影にかかりっきりで、俺なんてまるで無視状態。優は何かあったら呼ばれるかもしれないが、俺はもう御役目御免だ。――これからは、好きにやらせてもらう」


 春樹は学園でも優秀だった。この異世界で、いったいどれだけの力を示すのだろうか? 何を成し、何を残すのか?

 優は不思議と胸が躍った。春樹の未来を想像することは、まるで歴史上の英雄や偉人の足跡を辿る時のような高揚感がある。


「具体的には、何をするつもりなんだ?」

「まずは外の情報を集めるのが先決だね。何をするにも情報、金、力か。最終的には、匠と接触して話を聞きたい。まあ、まともに話せる状態なら、という前提付きだが」

「……そうだよな。やれること、あるよな。あんな話、嘘か何かに決まってる。俺たちの手で、それを確かめるんだ」


 優は希望が湧いてくるのを感じた。


「……優、あまり過度な期待をしない方がいい」

 

 春樹のその言葉に、冷や水を浴びせられたかのような感触を覚えてしまう優。


「……なんでだ?」

「仮に俺たちが魔剣を封印するなり壊すなりしたらどうなる? 特に俺と君は匠の友人だ。誤解が解ければ一致団結。悪の貴族と敵対する、そう思わないかね?」


 確かに、貴族たちはいくつか嘘をついたかもしれない。

 だが少なくとも、女性差別があったというのは紛れもない事実だ。それは、二日間という短い時間ではあるが、この地で過ごした優の抱いた感想だ。

 ここでは、女が奴隷のように扱われている。いわゆる力仕事以外はすべて女任せ。貴族たちは庭園で雑談をしたり食事をしたり、おおよそ労働とは遠い生活している。

 目も当てられないような恥ずかしい服を着ている女性もいた。優はその件について貴族に抗議したこともあったが、「はいはい」と適当にあしらわれて終わっただけだった。


 そして噂では、性奴隷のような少女もいるらしい。今のところ出会ったことはないが、もしそんな少女を見かけたら、他の何よりも優先して助け出すべきだ。


 なるほど、春樹の指摘はもっともだ。匠に悪いところがなくなったとしたら、優たちは喜んで匠と一緒に戦うだろう。この世界に平等と平和をもたらすため……。 


「つまりだよ優。これは俺の勝手な推測なんだが……、匠は、本当にハーレムを作っているんじゃないのかね?」

「は、ハーレムっておい。あの公爵五人も女子の名前出してたんだぞ? それが魔剣の力でもなんでもなくて、本当の事実だっていうのか?」


 自然と、息が荒くなっているのを感じる。

 認められない、認められるはずがない。そんな……恐ろしい事実を。


「おそらく、件のXは俺たちと匠が決定的に敵対すると確信している。それは魔剣でも、反乱でも成し得ない。想い人を奪われた。その嫉妬と恨みの心を……利用しようとしているのかもしれない」

「…………」

「ここは異世界だ。貴族たちから見放され、身内の男子は匠一人。女子たちが身を寄せる中で、自然に匠との距離が縮まり、心も……そして体も許すようになってたとしたら……」

「……止めろよ」

「それは君の恋人である一紗だって例外ではない。いや、むしろもともと仲が良かっただけその可能性は高いかもしれない。最悪の事態を……想定しておくべきだと思うがね」

「……もういい、分かった。十分だ」


 優はそれを想像して気分が悪くなった。かつて加藤が言っていた悪質な冗談を思い出す。


「それなら、お前だってそうだろ。お前、大丸さんのこと好きなんだろ。春樹の理論通りだったらさ、彼女も匠のことが好きだってことだろ? いいのかそれで!」

「問題ない」


 一切の動揺を見せず、春樹はそう答えた。


「……結婚式を、思い浮かべて欲しい」

「は?」

「教会、神の前で愛を誓い合った二人。だが、日本では三人に一人が離婚しているらしい。彼らは嘘つきか? いいやそんなことはない。神に誓ったその時、彼らの愛は永遠だった。否、『そう思い込んでいた』というべきか……」


 春樹は優に近寄り、はっきりとこう言った。


「――永遠の愛など存在しない」


 凛然としたその口調は、まるで神が人に戒律を与えるかのよう。

 決して反論を許さない。


「匠が悪い奴じゃないのは俺も知っている。俺もアイツのことがどちらかと言えば好きなぐらいだよ。友達だからな」

「まあ、そうだよな……」

「今は新しい世界に来て、お互いが舞い上がってるだけ。元の世界に戻ったらどうだ? 五人ハーレム? 職業勇者? 冗談は休み休みに言いたまえ。世間は異世界小説のように優しくない」


 学生結婚でさえあれこれと言われている世の中だ。五人ハーレムなんて話になれば、それはもはや全国規模のニュースになってしまう。もちろん、悪い意味で。


「俺たちは匠に現実を教えてやればいい。それが俺たちにとって、そして匠にとっても……最善だ!」

「…………」

「俺はあの方を手に入れて見せる。そのためなら、匠との子供の一人や二人、養ってやっても全く問題ない……」


 ぞくり、と優は背中が冷えるのを感じた。

 春樹の決意は固い。おそらくは、その結果多少なりとも匠が傷つくことになってしまうだろう。


 だが、優は何も言うことができなかった。

 もし本当にハーレムなんてことを匠がやってるのだとしたら、止めなければならない。元の世界に戻ってしまえば、それは決して受け入れられることではないからだ。

 

 春樹の決意、優の思い。

 複雑に絡み合った感情を潤滑油に、運命の歯車がぐるぐると回り始めた。


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