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寝ぼけた一紗

 朝日に照らされ、目を覚ました。

 ここは砂浜。

 別に遭難して打ち上げられたわけではない。一夜を海の中で共にした俺たちは、そのまま浜辺で寝てしまったわけだ。


 一紗は俺の腕へしがみつくように寝ていた。すぅすぅと寝息を立てる彼女は、いつもの気の強い時と違って、妙にかわいらしく思えた。


「……ん?」


 俺の視線に気が付いたのか、一紗はゆっくりと目を覚ました。上半身を起こし、ぼんやりと俺の方を見ている。

 そんな俺の心配など気づきもせず、一紗は近くに落ちていた木の棒を二本、両手で持ってこう言った。


「おかーさん、あたしベーコンエッグ」


「…………」


 寝ぼけてる!

 俺はおかーさんではないしここにはベーコンもエッグもない。そんな高尚な朝ごはんを食べたいなら、早く地上に戻ろうと言いたいぐらいだ。


 一紗はむにゃむにゃと寝言なのかどうか分からないような呟きを発しながら、頭をふらふらと揺らしている。


 悔しい! スマホがあれば、このかわいくて恥ずかしい光景を動画に収めることができたのに。りんごも雫も大爆笑必死……あ、いや、一緒に住んでるならもう遭遇しているかな。


「……べーこんえっぐ! ほっとここあ!」


 要求が増えてる! わがままな奴だ!

 一紗はフォークに見立てた木を上下に振りながら、お母さんこと俺に激しく催促し始めた。

 この愉快な状態をもう少し眺めていたい気持ちがないわけではないが、さすがに不憫になってきた。


「起きろよ」

「んー」


 ぼんやりとしていた一紗の目線が、徐々にではあるがもとに戻っていく。 


「べーこんえっぐ?」

「そうだ、俺がべーこんえっぐ母さんだ。そしてお前は俺とほっとここあ父さんの娘、長部=ココア=一紗だ。つまり何が言いたいかというと、早く目を覚ませというわけだ」

「……っ!」


 どうやらやっと目を覚ましたらしい。

 一紗は顔を真っ赤にしてうつむいた。


「……上着」

「あっち」


 上着はヤシの木につるしてある。

 一紗が上着を身に着けている。


「おはよ」

「……ああ、おはよ」


 ちょっと気まずかった。

 昨日の夜、いろいろ言いたいことは言った。自分が間違っているとは思っていない。でも、親友だった優の彼女を寝取ったという事実は変わりないのだ。


「……ん」


 そっと、一紗にキスされた。

 唇に張り付いた砂の感触が、妙に生々しかった。


「好き」

「俺もだ」

「そう? 後悔してないの? あんた、落ち込んでたように見えたけど。あたしの事、嫌い?」

「……それは、その……」


 ふと、優のことを思い出す。でもここであいつの名前を出しても、何もいいことはないと思う。

 俺が考えていることを察したのか察していないのか、一紗は気分転換みたいに両腕を伸ばしてストレッチを始めた。


「あーあ……、あたしもこれでハーレム入りね。三人目、ってけっこー衝撃的よね」

「……え?」


 さ……三人。今こいつ、三人って言ったっか?


 そういえば、一紗は璃々のことを知らないんだったな。あの時にはもういなかったんだし。つぐみのことは連絡受けているはずなんだが、もしかしたら腕輪を使った件でそれどころじゃなくて、聞き流してしまっていたのかもしれない。


「……ん? 何? そんな青い顔して。大丈夫よ、あたしあんたと違ってちょーコミュ力あるから。乃蒼ちゃんだって鈴菜だって、ちゃーんと話をつけて――」

「あのですね一紗さん」

「ん? 何?」

「大変申し上げにくいのですが、一紗さん。三人目じゃなくて、その……五人目でして……」

「はぁ?」


 瞬間、一紗の冷たい目線が俺を貫いた。

 うっ、苦しい。


「さいってー、女の子なんだと思ってんの? 変なゲームや小説の見すぎなんじゃないの? あーマジ信じらんない。あんた、自分がどんなことしてるか分かってるの? 幻滅したわ」

「た、確かにお前から見たら不誠実に見えるかもしれない。けど、俺は俺なりに――」


 反論しようとした俺の口は、一紗の唇によって塞がれた。


「……嘘、好き」


 再び唇を塞がれ、一紗は俺を押し倒した。

 彼女の唇から、俺の唇の唾液が糸を引く。


「いいわよ、十人目でも百人目でも、あたしあんたのこと好きだし。そいつら全員ぶっ倒してでも、匠のこと欲しいし」

「いや、ぶっ倒されても困るんだけどな、俺」

「だったら、あたしが不満にならないぐらい満足させなさいよね」


 やれやれ、そう来たか。

 これからはいろんな意味で大変なことになりそうだ。俺は未来のことを想像してちょっと憂鬱になってしまった。


 さて、未来は未来、今は今。俺たちには、そんな未来の絵空事よりももっと重要で命に係わる問題があるのだから。


「とりあえず、元気になったならすぐにここを出よう。いつ魔族が来るか分からないからな。りんごや雫だって心配して」

「あ……待って」


 そう言って、一紗は前に進もうとした俺の手を掴んだ。


「その……お腹のあたり、ちょっと、本調子じゃないっていうか……。歩けないわけじゃないんだけどね、その……」

「……?」

「あたし、初めてで……。あんた、激しいし……」

「…………」


 そ、そっか。

 少し、休んでから戻ろうかな。



 しばらくのち、俺たちは迷宮を戻ることにした。

 一紗は魔剣グリューエン、俺は聖剣ヴァイスを使っての迷宮踏破。二人がそろえば、怖いものなんてなかった。


 俺たちは迷宮の外に出た。一紗がいなくなってから、すでに二週間以上が経過している。迷宮滞在時間としては、少し長いかなというぐらいの時間だ。しかし、その密度はあまりに濃く、長い長い旅であったかのような錯覚を覚えてしまう。

 

 そして俺たち二人は、屋敷への道を歩いている。

 すでにりんごや雫には、俺たちの無事を知らせている。そのまま一紗は家に帰すつもりだったんだけど、どうしても乃蒼たちに自分と俺の関係を伝えたかったらしい。


「匠っ!」


 まず最初に俺を見つけたのは、つぐみだった。門の前で待っていたようだ。

 一応、官邸の近衛隊には連絡を入れておいた。早朝だったからつぐみはまだその場にはいなかったが、どうやら先回りでこっちに連絡が行ってたらしい。一紗が着替える時間あったからな。


 次に璃々が寄ってきた。


「ミーナさん。私……心配で心配で」


 止めろ……止めろ璃々。一紗の前でその名を出すな。変な弱みを握られたらからかわれてしまうんだ。


「ミーナさん?」


 一紗が周囲を見渡している。どうやらミーナさんと呼ばれた女性のことを探しているようだ。よしいいぞ。そのまま勘違いしてろ。


 最後に、乃蒼と鈴菜が寄ってきた。なぜか乃蒼は鈴菜の後ろにしがみついている。まるで母親から離れない子供みたいだ。


「ほら、乃蒼ちゃん! 匠が帰ってきた。話をしないと」

「え、あの、でも、こんなところで……」

「ここにいる人たちなら何も問題は起こらないさ。大丈夫、僕が保証するから」

「……えっと、匠君。話をね、聞いて……欲しいの」


 ……ん?

 そういえば、なんか話したいことがあるって言ってたな? しかもちょっと言いにくそうですらある。

 何か真剣な話なのか? 俺は気を引き締めた。


「…………いの」


 恥ずかしいのか緊張してるのか、か細い乃蒼の声は……上手く聞き取れなかった。


「え……なんだって聞こえない」

「あのね。生理が、来ないの」


「え?」


ビットコインの暴落で大損した。

悲しい……。


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