いずこかの無人島
「ここは……」
未知の転移門を抜けて俺たちがやってきたのは、海岸だった。
時刻は真昼だろうか。照りつける太陽が、宝石のようにキラキラと輝く白い砂浜を照らしている。背後にあるヤシの木は、いかにも南国風といった様子で暖かな風にゆらゆらと揺れている。
人や魔族の気配はない。建物や船みたいな人工物は全く見られず、足跡や食べ残しなんかもない。
静かな波の音が聞こえるだけ。
綺麗な場所だ。
一紗と俺が休むには、申し分ない場所だ。もっとも、みんなが待ってるわけだからあまり長居をするつもりはないのだが……。
そして、他の懸念がないわけではない。
魔族がこの転移門からやってくる可能性があるのだ。レグルス迷宮から魔族が出現することはまれだが、たまにそうやって地上の人間や町に被害を与えている。だからこそ、俺たち勇者が重宝されてるわけだからな。
まずはそこからか。
俺はすぐさま転移門近くに仕掛けを用意した。ワイヤーを使った単純な構造。ここを魔族が通ればベルの音が鳴る仕組みだ。
まあ、強い奴が来たらそれで終わりなんだけどな。気休めにはなる。
「一紗、とりあえずしばらくはここで休もう」
「……そうね」
「あの木さ、ヤシの実っぽいやつついてるけど、中身飲めるのかな? 変に毒がある品種だったら困るけどな」
「……そうね」
「海で泳いだりとかしないか? あ、一紗も俺も水着持ってないか。でも軽く水浴びぐらいならさ、気分転換になって……」
「…………」
……上手く会話が振れない。
一紗はヤシの木にもたれかかりながら、ぼんやりと砂浜を眺めている。この綺麗な海と砂浜を見て、少しは心安らかになってくれないだろうか?
そして俺自身も、親友である優の死に動揺していないわけじゃない。気休めも必要だろう。
謎の海岸に来てから、半日が経過した。
俺はその間、食料を集めてたりしていた。
別に迷宮に戻ってから食料を探してきてもよかったんだが、それだと若干の危険は伴うし、何よりこの状態の一紗を放っておくのはどうかと思ったのだ。
魔法を使えば、海の魚は簡単にとることができる。
そして、一紗から目を離さないレベルで周囲を見渡してみたが、やはり人の気配を全く感じない。
人が来る場所なら、誰かに発見されて報告が上がっているはずだ。何の監視もなく転移門が置き去りにされているところを見ると、ここは無人島か……もしくは前人未踏の辺境か。
無人島で漂流生活、ってわけじゃないけど、食料集めたりしてるとそんな気分になるよな。
俺は剣と鞘を叩いて、音を鳴らした。
「匠シェフの夕飯ですよーっと」
と、言っても大したものではない。さっき頑張って集めた魚だけだ。
調味料とか簡単な調理道具はりんごが持ってたから、今の俺は手ぶらにも等しい。魚の調味料は海水、木の枝に突き刺して焼いただけだ。
うーん、やっぱり迷宮に戻って食料探してこようかな? いいもの食ったら元気になる、ってのは安直な考えすぎか?
俺と一紗は焚き木を囲んで夕食にした。太陽はすでに沈み始め、空は夕暮れ色に染まっている。
焼き魚独特の香ばしい匂いがする。
「……美味いか?」
「……うん」
ほどほどに焼き魚を食べ終えた一紗。表情を見る限り、割と満足そうだ。
「よしよし、上手く餌付けされてくれ。この借りは家に帰ったら必ず返してもらうからな。そうだな、まずは手持ちの金貨を……」
「どのくらい?」
「5枚ぐらい?」
「たっか。ぼったくりね」
「今日はプレミアムデーだからな。通常より高くなってるんだ。許せ」
「何それ、安くしてくれないの?」
「そ、俺にとってのプレミアム」
「ふふっ、やだなもう。匠ってば、あたしにだけいつもそうやってふざけて……」
不意に、肩に衝撃を覚えた。
一紗だ。
一紗が、俺にもたれかかってきたのだ。
「気を使わせて、ごめん。匠、優しいわね」
「か、一紗?」
「……あんたのそういうところ、好き」
一紗はそう言って、寝息を立て始めた。
ここに来るまで、彼女にとっては緊張の連続だったはずだ。こうして眠りについてくれたということは、少なからず心が穏やかになってくれたということだと思う。
良かった……。
パチパチと、焚き木の燃える音が聞こえる。
ここにいるのは、俺と一紗。二人だけ。
無防備な彼女の寝顔が見える。
花のようにいい匂いがした。
「…………」
そわそわとしている自分に気が付いた。
……意識しすぎだろ。
俺には乃蒼がいる。鈴菜だってつぐみだって璃々だっている。これ以上増やすわけにはいかないし、あっ、いや増やすとか増やさないとか、そんな物みたいな扱いをしてるつもりはないぞ! そんなつもりは絶対にないからな!
……まあでも、もし一紗が新勇者の館に来てくれたら、ということを想像しよう。
一紗が、メイド服とか着てくれるのかな? あの衣裳部屋にあるネコミミとかドレスとか水着とか……。
ああああああああっ! 俺は何を考えてるんだ! そんな未来はあり得ない!
ふと、俺は自らのやましい妄想を打ち消すように一紗を見た。
焚き木に照らされた彼女の金髪が、まるで朝日に照る小麦畑のように、キラキラと輝いていた。
「……早く、元気になってくれよ」
恋人の死が、そんな風に割り切れるものじゃないことは知っている。
でも俺は、一紗に元気になってほしかった。また、いつものように冗談を言い合える関係に戻りたかった。
りんごだって、雫だって、そして俺だって。なんのためにここに来たか分からない、そんな結果になってほしくはないのだ。
彼女の吐息を隣に感じながら、俺は深い眠りについたのだった。




