転移門
俺たちは泣いた。
友の死を嘆き、苦しい気持ちを吐き出したかったから。
でも、ここは敵地。いつまでも悲しみに暮れているわけにはいかない。
いまだ泣き止まない一紗を尻目に、俺はいくらか冷静さを取り戻していた。
「俺はこれからどうなる……」
隣に立っていたブリューニングへ、そう語り掛ける。
「もちろん、俺の責任でこの場は逃がすつもりだ。その……友人の件はすまなかったな。ゲオルクは何を考えているか分からないところがあるから、俺もよく知らなくて……」
「優……」
優は死んだ。
すまなかった、で済ませる話ではない。でも、もうゲオルクもミゲルの信者も死んだ。文句を言える魔族は、この場にいない。
優がいなくなった、その事実だけ残ったんだ。
「――いかな愛刀とて、折れればただの鉄屑」
第三者の、声が聞こえた。
びくん、とブリューニングの肩が震えた。
「お客人、そなたの友は死んだ。もう彼のことは忘れ、未来を生きるのだな……」
「ゼオン様っ!」
ブリューニングが片膝をつき、一人の魔族を出迎えた。
容姿は人間、青年男性。無精ひげの目立つ顔つきで、木の枝を口にくわえている。
日本の袴や着物に似た服を着ていて、一言で言うとサムライのような男だ。さすがに頭はちょんまげじゃなくて、ただの黒い髪の長髪だが。
「ゼオン?」
どうやら相当偉い人らしい。
「ゼオン様、どうかお許しを。この者は闘技場で見事迷宮宰相に打ち勝ち、力を示しました。このまま帰らせるべきです。どうか……どうか……」
「許す」
ゼオンは軽く手を振り、肯定した。
逃がしてくれるのか?
「お客人」
ブリューニングの前に立ったゼオンは、改めて俺の顔に目線を合わせた。
「そなたの知り合いである黒き災厄、草壁小鳥に出会えたら伝えて欲しい。この刀神ゼオンが、そなたと手合わせを願っていると」
「あ……はい……あ、会えたら」
小鳥?
こっちも探しているぐらいだ。俺が声をかけてどうにかなる問題じゃないと思うけど、ここは素直に返事しておかないと。
「――皆、勇敢なる勇者へ敬意をっ!」
刀神ゼオンがそう叫ぶと、闘技場の魔族たちが一斉に拍手を始めた。
なんだなんだ?
偉い人、俺たちを逃がしてくれるのか?
「運が良かったな。俺たちは君に手を出さない。少なくともこの宮殿では、の話だけどな。ゼオン様が、まさかそんなことを言うなんて……」
ブリューニングは困惑気味だった。どうやらこのゼオンとかいう奴、普段は好戦的な魔族らしい。
「こんなこと聞くのはどうかと思うけど、いいのか? 俺は勇者だ。人間を守らなきゃならない。お前だって、その仲間だって、もしかしたら殺しあうことになるかも……」
「いいんだいいんだ。俺たちもそれを望んでいる」
「ああ……」
友好とか、平和とかそういうのじゃない。
戦いを好む魔族は、敵をキャッチしてもすぐリリースする。
ゲオルクが嫌われていた理由が分かった。あいつは異端なんだ。手加減しようとか優を召還したりとか、真っ向勝負する気がなかった。
そういう意味では、この魔族たちはちょっと好感持てるかな。
こうして、俺と一紗は結晶宮殿を抜け出した。
迷宮脱出への帰路は予想通りに難航した。
結晶宮殿近くの魔族は、俺たちを襲ってこなかった。ゼオンとかいう奴の出した命令が浸透していたのだろう。
だがそのラッキータイムも5階分ぐらいで終ってしまった。そこからは普通に魔族たちが襲ってくるようになったのだ。
この辺りには命令が行き届いていないみたいだ。まあ、無線とか携帯とかそういうものがあるわけじゃないからな。
「〈白刃〉っ!」
俺は聖剣ヴァイスを使って敵魔族を切り伏せた。幸運なことに、それほど強い奴でもなかった。
一紗は、そんな俺のことをぼんやりと見ていた。
「一紗、大丈夫か?」
「…………」
一紗は、喋らない。
顔は青白く、死人のようにすら見えた。優の死が彼女に与えた負の影響は計り知れない。
「……もう、放っといて」
じわり、とその可憐な双眸が涙に濡れる。
「……死にたい」
優が死んだ。
今まで、ずっと一紗が頑張ってきたのは優のおかげだった。彼がいるから頑張れた。また会える、帰りたいと思えるから戦った。
今の彼女は、炎のように燃える意思を失ったただ一人の少女。風が吹けば飛んでいく花びらか何かのように、美しくもはかない存在。
ゆらゆらと、一紗が前に歩き出した。そこにはまだ俺の倒しきっていない魔族がいて、一紗は何の抵抗もせずにそいつの爪を受け入れて――
「いい加減にしろっ!」
俺は一紗を抱き寄せ、魔族を切り払った。
力なく俺の前に立つ一紗。
俺は彼女の肩を揺すった。
「りんごだって、雫だって、お前のためにここまでやってきて……怪我だってしたんだぞ! お前が帰らなくてどうするっ! みんなの苦労を、気持ちを台無しにするつもりかっ!」
「……もう沢山よ。あたしのことは、死んだってことにして」
「頼むからそんなこと言わないでくれっ! 俺だってお前が死んだら悲しい!」
「……匠」
力なく、一紗は俺の胸に顔を預けてきた。
「ごめんなさい」
一紗はまた泣き始めた。こんな弱々しい彼女を見るのは……初めてだった。
……当然、戦力としてはあてにならない。
このままじゃあまずいのは事実。
もともと、ここに来るまでも三人でやってきたんだ。それが二人になって、しかも一紗がこの調子ときた。
そのうえ俺も一紗も、結晶宮殿につくまでかなり戦闘を強いられてきた。ゲオルクとも戦った。つまり満身創痍の状態なのだ。
今まではなんとかなった。出会う魔族が弱い奴ばっかりだったから。
でもミゲルクラスの魔族に出会ったら、殺されてしまうかもしれない。
どうする?
まずは休むところを探すか? いや、休んだところでどうにかなるのかこれ? 一紗が元に戻ってくれないと、厳しすぎるか。
迷いながら、戦いながら、俺は迷宮を進みそして――
「これは……?」
分かれ道の行き止まりで、俺はあるものを見つけた。
ちょうど部屋のドアぐらいの大きさと形をした、四角い物体。くりぬかれた中央部は、まるで深い海の底のように青い色をした膜が張っている。
地上に帰るための転移門だ。
だが、こんな下層近くへ転移できる門なんて聞いたことがない。人類にとって未知の門。どこに飛ばされるのか分かったものではない。
「…………」
どのみち、このままじゃあジリ貧だ。
ここでうまく帰ることができるならよし。帰れないのなら、この先で少し休憩することにしよう。
「一紗、ものは試しだ。こいつを使って外に出てみよう」
「好きにして……」
もう少し、意志を示して欲しいんだけどな真剣に。
期待半分、警戒半分。
俺は一紗とともに、転移門を潜った。




