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あの日の約束

「――ちっ!」


 俺は迷宮宰相ゲオルクの槍を振り払った。


 力はさして強くない。〈神の糸ファーデン〉で生み出された槍の強度だってあの繭よりははるかに劣っている。しかし一撃を加える角度が、タイミングが、嫌なほどに俺の弱点を突いてくる。それはまるで、戦いなれた武人を相手にしてるかのよう。


 こいつ、強いな。

 今まで本気を出していなかったってことか。


「ヒヒヒッ、どうしましたか勇者殿? ず、随分と息を切らしておられますねぇ。お察しの通り、私の鋭い観察眼をもってすれば、あなたの弱点や行動などすべてお見通し。どうですかな? ここで手打ちということで、一つ戦闘不能の大けがを負ってみては? 急所を外すことはお約束しますよ?」


 ゲオルクは醜悪に笑った。あまりきれいな容姿をしていないこの男は、笑うだけで相手を不愉快にさせる。

 

「その役、あんたが代わってくれないか?」

「……ヒッ、嫌ですよ痛いのは。どちらかが力尽きるまで、ということでしょうかねぇ」


 宰相ゲオルクは、飛び跳ねながら槍を乱れ突きする。

 強がっては見たが、押されていることは否定できない。俺は彼の攻撃をかわすだけで精いっぱいだった。


「ゲオルク殿っ! そこですぞ!」

「コロセ! コロセ! その憎き生贄に死をっ!」


 と、唐突にゲオルクへの声援が聞こえてきた。

 なんだなんだ、あいつを応援する魔族もいたのか?


その魔族たちは、見覚えのある黄金像付きネックレスを身に着けている。つい先日戦った相手、祭司ミゲルが拝んでいた黄金像のミニチュアだ。

 こいつらがミゲルの信者か。妙に弱そうな感じが出ているな。


「ヒヒヒッ、せ、声援を受けては応えなければならないですねぇ」


 殺された仲間? の復讐、味方の声援で勇気がわく。……どこの正義の主人公だよ。それは俺の役割だろ。

 一瞬、ブリューニングたちが文句を言うんじゃないかと期待したが、そういう気配は見られない。

 そもそもこの試合、あいつらが楽しめればそれでいいんだ。審判とかルールとか、そんなものはあってないようなもの。


 ミゲルの信者が、杖と槍の中間のような禍々しい武器を投げた。

 ゲオルクはそれを受け取ると、白い槍との二刀流で空気を切るように回転させ始める。


「そうれっ、失礼っ!」

「……がっ」

 

 後方に下がろうと、飛び上がろうとしていた時に一撃を受ける。足で踏ん張ることのできなかった俺は、体勢を崩してそのまま壁へと激突した。

 まるで測ったかのようなタイミング。奴は……未来が見えるとでもいうのか?


「匠っ!」


 ふっとばされた場所は、ちょうど一紗たちが立っていたところだった。

 ……情けない姿を見せてしまったな。恥ずかしい。まあ、ゲオルクがいい武器もらうってアクシデントがあったわけだから、多少は情けなさも紛れるか。


 俺は血の混じった唾を吐いた。別に内臓をやられたわけではなく、ただ単に口を切っただけ。

 致命傷ではないが、明らかに押されていた。


「ご、ごめんなさい。やっぱりあたしも手伝って……」

「……止めろ、周りの奴らに騒がれたらめんどうだ」


 一紗だって戦闘慣れしている。俺が押されていることには気が付いているんだ。

 だがここで乱入されるのはまずい。おそらくブリューニングや他の観客がそれを許さないだろう。

 もっと俺が決定的な敗北を喫したときでないと……。


 一紗は狼狽えている。金髪のその下には、涙に濡れた眼が隠れていた。


「で、でもぉ、あたし……こ、こんなことになるなんて……」

「……今日はずいぶん素直だな。ヒーロー気取りでやってきたのに、無様に負けそうな俺のこと、馬鹿にしてくれたっていいんだぞ」


 そう、軽く笑い飛ばすつもりで言った。

 そっと、一紗の手が俺の頬に触れた。柔らかく冷たいその感触に、俺は目が覚めるかのような爽快感を抱いた。


「あたし、きっと優がいなかったら、匠のこと好きになってたと思う」

「…………」

 

 止めろよな、そういうの……。照れるから。


「俺が……俺が代われたら……。そういう、約束だったのに」


 一紗が泣くその隣で、優は自分の無力さに震えていた。普段さわやかな彼の顔が、深い悲しみに歪んでいる。


 ――俺がお前の代わりに、一紗を守るから。


 かつて、そう優に言われたことを思い出す。ちょうど、一紗と彼が付き合い始めた頃の話だ。

 断っておくが、別に俺が一紗を守っていたわけではない。一紗は気が強いし、俺に悪口言ったりよく蹴ったり殴ったりしてくる。でも優の奴が、けじめをつけたいとかなんとか言って俺を親か兄扱いしただけだ。


 あの時の約束……というか一方的な宣言、覚えててくれたんだな。


「気にするな。これは俺と魔族の戦いだ。優は気を病む必要なんてない」

「匠っ!」


 そう。

 俺は勇者だ。一紗がいてもいなくても、いずれこういうピンチが訪れていたはずだ。

 そもそも俺は当初、男で一人だけの勇者だった。つぐみが革命を起こさなければ、雫もりんごも一紗もいなくて、聖剣魔剣を持って一人で迷宮を――

 あ……。


 ――それは、一瞬の閃きで。


「……忘れてた」


 うまくいくかどうかは分からない。ただ、この膠着した現状を打ち破る突破口になりえるかもしれない、そんな方法を閃いたのだ。

 策を心に秘め、俺は立ち上がった。


「一紗、借りるぞ・・・・

「え……?」


 手を伸ばした先は、一紗の腰。


「……解放リリース、魔剣グリューエン!」


 俺は一紗が装備していた魔剣グリューエンを借り、その力を解放した。そう、かつて勇者として俺がもらいうけ、そしてつぐみによって取り上げられてしまった……元俺の剣だ。

 向こうだって武器をもらったんだ。だったら、文句は言えないよな?


「貫け〈白王刃〉っ! 燃やせ〈炎帝〉っ!」


 いくつもの刃を同時に叩きつける〈白王刃〉。

 巨大な炎の刃が敵を両断し燃やし尽くす〈炎帝〉。

 

 白い刃と赤き刃。その二重奏デュエットが観客魔族を絶頂へと導く。


 一瞬の思い付きは、敵の虚を突きそして――


「ギイイイイイイヤヤヤアアアアアアアアっ!」


 迷宮宰相、ゲオルクは下半身を失った。


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