迷宮闘技場
戦え、と言ったブリューニングは俺たちを相応しい場所へと案内してくれた。
そこは、闘技場のような場所だった。
地下空間に設計された巨大な広場。コロッセウムのような形をしており、俺たちが立つ広場と、水晶のブロックで盛り上げた周辺。ここは観客席のように座れる構造で、観戦できるようになっている。
周りには多種多様の魔族がひしめいている。どうやら、俺の戦いを見るためにここまでやってきたらしい。
四面楚歌か。
これは、逃げられないな。まあ、本当に逃げるならここへ来る前に手を打っておくべきだったけどな。
「やるしかないか……」
「匠、あたしも……」
と、一紗が俺に助力を申し出た。
「おいおい、二対一は感心しないな」
だがブリューニングはその提案が不満だったらしい。斧を振って俺たちを威嚇する。
……この発言、要するに俺たち二人なら勝負にならないぐらい余裕でゲオルクを倒せてしまうって意味にもとれる。だとすると希望は見えてきたかもしれないな。
「そこの女、ゲオルクと戦いたければ次にしろ」
次ってそれ、俺が敗北して倒されたらってことだよな? 下手したら死んでるかもしれないんだぞ?
「勝負は一対一ってことか。一紗、とりあえず俺が出るから」
「ごめんなさい、あんただけに辛いの背負わせるつもりはなかったんだけど……」
一紗は両手で自分の胸を抑えつけた。こみ上げる不安を、心の中に押しとどめるかのように。
もともと、誰にも告げずここまでやってきてしまった一紗だ。今回の件はいろいろと反省するところがあるんだと思う。
「匠、すまないな。俺たちのために戦ってくれるんだよな?」
「ああ、優はそこで見ててくれ」
「俺が代われるなら、喜んで変わるんだけどな……」
そう言った優の顔に、暗い影が差す。
まだこの世界に来て間もない優だ。聖剣とか魔剣、それに魔法の適性があるかどうかも分からないし、仮にあったとしても経験を積むまでは時間がかかる。要するに今は戦力としてあてにならないということだ。
……そうだな。
優は優秀な奴だ。俺が何かをするよりも、ずっとうまく賢く物事を進めることができる。だからこそ、これまでずっと俺が前にでる機会は少なかった。
優を、そして一紗を一緒に守れる。こんな事件は……元の世界に戻ったら二度と起きないだろうな。
――覚悟を決めよう。
俺は剣を構えて、中央に出た。反対側には、すでに迷宮宰相ゲオルクが待機している。
「うおおおおおおおお、殺せえええええっ!」
周囲から野太い男の声が聞こえる。おそらくはブリューニングの仲間であり、俺たちの戦いをサーカスかなにかのように楽しんでいる魔族たちだ。
俺への警戒や敵意は全く見られない。こいつら全員、俺の戦闘力なんて気にならないぐらいに強い奴なんだって思うと、少し肌寒いものを感じるな。
こいつら全員敵か。ここから……生きて帰れるのかな、俺。
「死ねえええええええっ、ゲオルクっ!」
「人間、やっちまえよ!」
「遠慮すんなよ人間! 殺しちまえ! 俺が許す!」
…………。
どうやら、みんな俺を応援してくれているらしい。魔族といっても、同族意識はそれほどないみたいだ。
こうしてみると、このゲオルクとかいう奴が哀れに見えてくる。こんな戦闘狂みたいなやつらに囲まれて、侵入者の相手しなきゃならないなんてな。
嫌われてるのか? いや馬鹿にされてるのかな?
宰相、なんてあだ名されてるくらいだ。きっとこの迷宮で内政とかそういうのを統括してるんだと思う。華やかでない、裏方の仕事。男らしく戦えとせかされる機会が多かったのかもしれない。
「ヒヒッ、舐められたものですねぇ。これでも一応は魔族、人間ごときに負けるはずがありません……」
「随分と自信あり気だな。窮鼠猫を噛む、って言葉知ってるか?」
「あ、ああっあなたと私、どちらがネズミだと思います?」
…………。
この卑屈なあたりが、きっとこの周りでわめいている魔族たちに嫌われてるんだろうな……。
まあ、いちいちアドバイスしてやる義理もないけど。
俺は腰を深く落とした。
ゲオルクは両手を構えた。
始まりのゴングなんてない。ここは戦場。すでに戦いは始まっているのだ。
宰相ゲオルクは言った。『死なない程度に戦おう』と。
その言葉、どこまで信用できるかは分からない。
だが相手は曲がりなりにも上級魔族の一員。俺が全力で攻撃を加えたとしても、死にはしないと思う。
要するに、気にせず戦うということだ。
俺は一瞬で聖剣ヴァイスを抜き、〈白刃〉を放った。即座に体を左に傾け、ゲオルクからつかず離れず移動する。
対するゲオルクは最少の動作で〈白刃〉を回避した。対象をなくした刃はそのままの勢いで観客席へと向かっていき、笑っていた魔族の一人へとぶつかる。
これには俺も肝を冷やした。こんなところで第三者にけが人が出てしまったら、乱入とかされてしまうかもしれないと恐怖したからだ。
だが、その心配は杞憂に終わる。〈白刃〉を受けた魔族は、以前と変わらないままに笑いながら立ち上がり、再び俺たちに向かって歓声を上げる。
まったく効いてない。こいつら本気で戦ったらどうなるんだ?
勇者たちの行く末に底知れぬ不安を抱いていたちょうどそのとき――
「――〈神の糸〉」
宰相、ゲオルクの純魔法が完成した。
新年初投稿。
今年に完結……はなさそうですね。




