三人の再会
俺はブリューニングに連れられ、結晶宮殿の中を歩いていた。
自分が廊下を歩いているというのは何となく理解している。しかし、ここは迷宮の中であり、当然窓の外から何かが見えたりとかそういうことはない。
要するに目印がないのだ。自分が今、どこをどう行ってここまでやってきたか分からない。
きっと、このまま帰れと言われてもうまく帰れないと思う。迷ってしまうのが目に見えているからな。
そんな迷える俺であるが、ブリューニングは目的の場所を分かっているらしく、迷いなく廊下をあるいている。
悪意があるようには見えなかったから、俺が望む場所へと連れて行ってくれるのは間違いないと思うのだが……。
ブリューニングはあるところで立ち止まり、近くにあった扉に手をかけた。
そこは、倉庫のような部屋だった。
いくつもの木箱が置かれ、果実特有のあまい香りが充満している。おそらくは食糧庫のような場所なのだろう。
そこに、一紗がいた。
「一紗っ!」
「匠っ!」
金髪ツーサイドアップの髪を揺らしながら、一紗は俺に駆け寄ってきた。
「助けにきてくれたのかしら? まったく、匠は心配性ね。あたしなら一人でも大丈夫。魔王だって倒せちゃうんだから」
「お前な……俺たちがどれだけ心配したと……」
などと軽口を叩こうとしていた俺だったが、一紗の背後にいた人物を見て、思わず息を止めてしまう。
「嘘……だろ」
そこには、俺の友人であり一紗の彼氏でもある園田優がいた。
相変わらず、長身でさわやかなかっこいい男。言いたくはないが超美少女である一紗とはよく釣り合う……そんなハイスペック少年だ。
「久しぶりだな、匠」
「優……お前どうしてこんなところに? お前も召喚されたのか?」
「わからない、気が付いたらここにいたんだ」
「賢者が? いや、それならなんでこの魔族たちの本拠地に? さらわれたのか?」
「魔族? ここは魔族の住処なのか?」
魔物ならともかく、魔族とか獣人とかと人間の区別って難しいからな。自分がどこにいるのかも分かっていないのだろう。
「ヒヒッ、異世界人転移が人間だけの技だと思わないことですねぇ。感動の再会は、すべてこのゲオルクの采配ということです」
木箱の影から、誰かが現れる。
暗く、影のように存在感のない男だ。痩せすぎのその体に、水で湿ったワカメのような頭髪が張り付いている。
「初めまして、新人勇者の下条匠殿。私は迷宮宰相ゲオルク。あなたが殺したミゲルと同じ、イグナート殿配下の魔族です。以後、お見知りおきを……」
「お前が優を召喚したのか? 俺たちへの人質のつもりか……」
「ご、御冗談を……」
ゲオルクは焦りながら手を振った。まるで、叱られたことを言い訳する子供のようだ。
「かかかっ、彼は友人である君や恋人である長部一紗に会いたがっていましたからねぇ。その想いが私に届き、召喚を完成させたと言ったところでしょうか?」
「意味が分からないな。お前は願いを叶える悪魔だとでもいうのか?」
「いえいえ、私はそこまで善人ではありませんよ。ただ、あなた方に恩を売れたら、と考えているひ弱なひ弱な弱小魔族。保身ゆえの行動です」
ん?
なんだこいつ。
思ったよりも血の気の多くない魔族だ。いや、見た目からしていかにも戦闘向きでない感じなんだが、こんな魔族には出会ったことがないのでちょっと困惑していた。
「俺が二人を連れて帰っても問題ないってことか?」
「え、ええ……私としては甚だ不本意ですが、争いになるよりはましです。その代わり、今後迷宮で私を見つけても命だけは助けていただきたい。それが代償ですかねぇ」
おいおい……なんだこいつ。
こんな魔族初めて見るぞ? 変わったやつだな。
そういえばブリューニングが言ってたな。イグナートの配下には変わり者が多いって。あの祭司を名乗っていたミゲルも相当の変人だったけど、こいつも同じってことか。
でも今回は、その変人具合に救われたかもしれないな。
「優、積もる話はまた今度だ。ここは魔族の本拠地。わかるだろ? お前だってそういうゲームとかアニメとか見たりするんだ。危ないんだよここは。帰るぞ」
「あ、ああ……。匠がそう言うなら、きっとそうなんだろうな」
「優……」
一紗がそっと、優の手を握った。
拍子抜けだが、一紗も見つかったし、おそらくは彼女が帰りたがっていた原因である優もここにいた。あとは迷宮を逃げ出せば、背筋が凍るほどの完全解決だ。
俺たちは部屋を出ようと三人で足を踏み出し、すぐにたたらを踏む。
「そんなことが許されると思ってるのか?」
第八階層迷宮伯爵、万壊のブリューニングが俺たちを睨みつけた。
頭髪一つないその髪に、血管が浮き出るほどに怒っている。
「戦え」
「ぶ、ブリューニング……さん?」
「君はここまで何の障害もなくやって来れた。それは俺がそばにいて先導したからだ。俺がいなければどうなったと思う? ここまでたどり着くことができたと思うか? 少しでも感謝の気持ちがあるなら、それ相応のパフォーマンスを見せて俺を楽しませろ」
よくよく見ればこのブリューニングという魔族。どちらかといえば知略を尽くすよりも脳筋で押通るタイプに見える。
自分の思い通りにいかなくて、怒り心頭といったところか?
「それとも、ここで俺を倒してみるか?」
魔族ブリューニングが、巨大な斧を振り回して俺たちを威嚇した。風を切るその音は、まるで体を直接叩かれているかのうような衝撃となっている。
いや、考えるまでもない。
改めてゲオルクとかいう魔族を見ると、こいつも体をプルプルと震わせていた。怖いんだ。
これなら、どっちを相手にすればいいかわかりきった話だな。
「だ、そうだ。悪いな、俺たち戦わないといけないみたいだ」
「し、仕方ありませんねぇ。良いでしょう。私も死にたくはないですからねぇ」
「ついてこい、相応しい場所に案内する」
ブリューニングは斧を背負い、部屋の外へと出て行った。
俺たちもそれに続いていく。
「お互い、命を失わない程度に……」
そっと、耳元でゲオルクが囁いた。
…………。
こいつの言うこと、どこまで鵜呑みにしていいか分からない。俺と戦いたくないと言ってたのは本心だとは思うが、命を失わない程度まで手加減してくれるかどうかは未知数だ。
この手の話題を信じて逆に殺されてしまっては洒落にならない。
『命を失わない程度に』というセリフは、俺に余裕が生まれたときに考慮する程度がベストだ。
少なくとも、勝利を確信できるまでは気を抜いてはいけない。
これが今年最後の投稿か




