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公爵の怒り


 王都近郊、フェリクス公爵の屋敷にて。

 屋敷の北にあるベランダ。庭を前にしたこの場所こそ、俺とフェリクス公爵がスキル練習に使っているスペースだ。


「ぬぬぬぬ……」


 俺は頑張っていた。

 〈操心術〉と呼ばれる異世界人の固有スキルが、俺には備わっているはずなのだ。そいつを自分のものにするため、今日も頑張って訓練中。

 うなり声をあげているのは、力を込めているから。別にそういう指示を受けたわけではないが、そうすれば上手く行くんじゃないかという藁にも縋る思いからやっている。


「飛べ」


 変な汗かいただけで全く上手くいかなかった。目の前のうさぎは俺に心を操られることなく、うんともすんとも言わなかった。


「今日は乃蒼殿が来ていることだ。試しに乃蒼殿に従うよう命令してみてはどうかね」

「それもそうですね」


 そう、今日は乃蒼もここに来ているのだ。特に乃蒼が呼ばれたわけでもないのだが、部屋にいてばかりだと体に悪いだろうと思って、ここに連れ出したのだ。 


「呼ん、だ?」


 ひょっこりと柱の影から顔半分を覗かせる乃蒼。フェリクス公爵とは数度会ったことがあるはずなのだが、未だにこの距離感だ。

 もちろん俺のワイシャツだけ着ていて下半身は下着だけ……なんてことはない。あれは部屋だけだ。今の彼女は俺が買ったフリルキャミソールっぽい服とスカートを身に着けている。


 いつも俺とフェリクス公爵だけだもんな。たまには乃蒼を交えてこのスキルを使ってみれば……あるいは。


「乃蒼、こっちに来てくれ」


 乃蒼はこっちにやってくると、フェリクス公爵に隠れる位置で俺の腕を握った。

 

 そんなに公爵が苦手なのか? ヒゲがピンと張っているのが怖いのか?

 いや、よくよく考えれば乃蒼は誰に対してもそういうところがあったな。教室でも誰かと話してるところみたことないし。


「乃蒼、俺のスキルについては知ってるな?」

「えっと、相手を操るスキルって話だよね」

「そうだ。今からこのウサギに、『乃蒼に従え』って命令するから、乃蒼もうさぎに何か指示を出してもらえるか?」

「うん」


 こくり、と頷く乃蒼を見た後、俺は目の前にいるうさぎへと集中した。


「乃蒼に従え」


 はっきり言って何の感覚もないが、こうするのが決まりらしい。


「うさぎさん、ピョンってして」


 ピョンって、なんかかわいい言い方だな。というかピョンでウサギに意味が伝わるのだろうか?


 などと思っていたら、件のうさぎがまさに『ピョン』という感じではね飛び、乃蒼の顔へと飛びついた。


「ししし、下条君! 前が見えない!」


 うさぎは乃蒼の頭にしがみついていた。


「乃蒼、うさぎだ。うさぎを追い払うんだ!」

「うさぎさん、離れて」


 離れて、と命令しているはずなのだが、うさぎは全く命令に従ってくれない。

 さっきは命令に従ったのに? いや……。


「これは……」

「偶然ですな」


 がっくりときた。せっかく上手くいったと思ったのに、どうやらさっきうさぎが飛び跳ねたのは偶然だったらしい。

 慌てた乃蒼はふらふらと部屋の外に出て行った。うさぎのせいで前が見えない、でも力づくで無理やりはがすのは可愛そう……という葛藤の迷いが彼女の足をあらぬ方向へ動かしているらしい。

 助けた方がいいのかな? でもなんかちょっと面白い光景だから、もう少し様子を見ても……。


「……タクミ殿」

 

 周囲を見渡し、誰もいないことを確認したフェリクス公爵が俺にそっと囁いてきた。


「勇者の屋敷が焼かれた、という話を聞いたのだが」

「ああ、その件ですか。焼かれてしまいましたね……」

「あそこには乃蒼殿が住んでいたのではないかね?」


 フェリクス公爵の目つきが鋭くなった。ひょっとして、つぐみが乃蒼を焼き殺そうとしたとでも思ってるのか?


「さすがに中の人まで丸焼きにはしませんよ。ただ、乃蒼はかなり抵抗したみたいでしたけどね」

「無理もない。活躍の場のない彼女にとって、あの屋敷は生きがいだったはずだ。それを許可も得ず燃やして、抵抗する彼女を抑えつけて……。これがこの新しい国の成すことなのかね? 仲間の心を犠牲にして……それでも政治を行いたいというなら私は……」


 公爵は手を握りしめ、震わせている。

 これは、怒りか?


「公爵、ずいぶん乃蒼に同情的なんですね。こんな言い方はあれですけど、正直意外でした。そんなに仲がいいように見えなかったですけど……」

「私はね、タクミ殿。この国の貴族王族が腐っていたことは知っている。だから彼らが追放されたことは、自業自得だと思ってるし、その件については何の不満もない。そして反抗できなかった私もまた同罪。今の処遇に大きな声を上げるつもりはない」


 フェリクス公爵はもはや公爵ではない。国から用意されていた数々の特権を奪われ、そして政治的な発言をすることは許されない。

 それは彼にとって少なからず苦痛だと思う。しかし罪の意識が、我慢をするための原動力になっていたんだと思う。


「私は独り身だが、娘がいれば乃蒼殿ぐらいの年になっていたのではないかと思う。そう思うとね、どうにも彼女が苦しんでいる姿を見るのは許せなくてね」


 たぶん乃蒼は公爵が思ってるより年齢高いと思うんだけど、余計なことは言わないでおこう。


「公爵、ありがとうございます。乃蒼はこれから俺が支えてみせるので、どうか安心してください」

「ふむ、タクミ殿ならば安心だね」


 笑う公爵。


「フェリクス公爵」


 話しかけてきたのは、一人の少女兵士。

 公爵はこの国の重要人物であり、残された穏健派貴族たちの筆頭だ。護衛、と称したつぐみからの監視が常に張り付いている。彼女はそんな人間の一人だった。


「ああ、君か。件の迷い猫はどうなったかね?」

「ありがとうございました。公爵様のおかげで、飼い主が見つかりました」

「はっはっはっ、それは良かった。私も善い行いできて気分がいいよ」

「私も公爵様を誤解していました。汚れた猫のために、あそこまで親身になって働いてくれるなんて……」


 お?

 なんだこの二人、なんだか普通に話してるな。公爵とつぐみの仲間って、もっとギラギラ殺伐としていた印象なんだが……。


 さすがはフェリクス公爵。その話術でつぐみ派の人間を一人切り崩してしまったか。

 ……なんて、ひねくれた考え方過ぎるか。ただ単に話し相手を欲していただけだと思う。


 でも、これは良い傾向だと思う。

 いつかは、つぐみとも話し合いで分かり合えないものだろうか。

 

 そんなことを思いながら、俺は草むらで「あわあわ」とうさぎと戯れている乃蒼のもとへ向かうのだった。


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