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迷宮宰相ゲオルク


 俺は宮殿の中を歩いていた。

 様々な鉱物で構成されたこの荘厳な城のような建物は、『結晶宮殿』と呼ばれる魔族の本拠地らしい。

 

 俺の隣で歩いているこのスキンヘッド魔族、ブリューニングが全部教えてくれた。


「あんたさ、門番じゃないのか?」

「今日はもう交代の時間だからな、俺があそこにいなくてもいい。代わりの門番が来ていただろう?」

「いや仕事終わりとかそういう意味じゃなくてさ、俺をここまで連れてきてもいいのかって話だ? 侵入者を止めるのが、門番の役割なんじゃないのか?」

「おかしなことを言うな、君は」


 おかしなって、俺はそんなに変なこと聞いたか? むしろ自然な質問だと思うが……。


「そもそも俺たち門番は人間のことを想定していない。無法者の迷宮上層魔族が、抗議のために宮殿に入ることを禁じているだけ。俺が君を客人として招こうが、侵入者として殺そうが追い返そうが自由なのさ」


 人間は相手にすらされていないってことか。余計な争いが減るのは嬉しいことだが、なんだか少し悲しい事実だな。


「ま、誰が門番かで話は変わってくるけどな。君の言うように、侵入者を止めようとするまじめな奴もいる」

「そいつに当たらなくてよかったってことか?」

「まあそうだな」


 口ではそう言いつつ、俺は内心別のことを考えていた。

 この魔族、どうして俺にこんな話をするんだ? 何か目的があってこんなこと言ってるんじゃないのか?

 そう考えると、下手に敵意をむき出しにされるより肌寒いものを感じる。


「ところで、君がミゲルを殺したのか?」


 そらきた。

 もう情報がいってたのか?


「……あいつと仲が良かったのか?」

「おいおい、あんな薄気味悪い奴を友達扱いしないでくれ。彼、少し気持ち悪いと思わなかったかい?」

「……まあ」


 決して善良な魔族とは言えない行動をしてたと思う。こんな迷宮で宗教を創始して、いけにえとか儀式とかわめいてるあたりがさらに怪しい。はっきり言ってお近づきになりたくない魔族だ。


「悪魔王殿の配下はああいう奴が多い。君も気を付けることだ」


 その悪魔王の配下とやらがどいつか分からないから、注意しようがないんだけどな。


 俺たちは宮殿の廊下を歩いている。そこにはいくつものドアがあり、時には憩いの場らしき広いスペースも存在する。

 ここは魔族の住居であり、城でもあるんだ。


「君は先日ここにやってきた女の子を連れ戻しに来たんだよな?」

「知ってるのか?」


 同じ人間の侵入者が短期間でここにやってきたのだ。その関連性は容易に想像できるだろう。


「どこに捕われてるんだ? 一紗は無事なのか?」

「彼女を捕らえた者の名は――迷宮宰相ゲオルク。彼もまた、悪魔王殿の配下だ」

「迷宮宰相……」

「俺はこれから君を彼のところに連れて行こう。手助けはしない。だが君がどれだけ暴れようと、何を壊し何を言おうと眺めているだけだ」

「何のために?」

「その方が面白いからさ」


 ブリューニングはそう言って笑った。


 やはりこの魔族は味方ではない、か。

 だがその行動原理は単純だ。


 祭司ミゲルは言っていた。狭く暗いレグルス迷宮において、娯楽が不足していると。彼にとっての娯楽は宗教だったが、このブリューニングにとっての娯楽は戦いとかそういうのみたいだ。

 俺の大暴れが、彼にとっての娯楽ということか。



*********


「……ん」


 長部一紗は目を覚ました。

 どうやら、自分は眠っていたらしい。魔族たちの本拠地であるこの宮殿で。


 これまでの出来事を思い出す。

 

 宮殿の中には多くの魔族がいた。話しかけてくるものもいれば、問答無用で襲い掛かってくるものもいた。

 当然ながら、話しかけてくるからと言って味方というわけでもない。が、とりあえずは話が通じる。腕輪のことを尋ねてみたが、知るものはいなかった。


 すぐ襲い掛かってくる奴はたいてい雑魚。追い払うことも殺すことも可能だ。

 最初に雑魚魔族を殺した時、一紗はすぐに逃げ出そうと思った。仲間を殺された魔族が、怒り狂って集まってくることを懸念したからだ。

 だが、実際そんなことは起こらなかった。むしろ通りかかった魔族から、拍手喝さいでファンファーレを送られすらした。


 どうやらああいった雑魚魔族はこの宮殿でもあまりよく扱われていないらしい。

 

 ともあれ、この状況は非常に疲れる。

 目を覚ます前は、誰もいない倉庫のような部屋の中で、隠れるように過ごしていたはずだ。それでも疲れには勝てず、やがて眠ってしまったということだろう。


「お目覚めですかねぇ、勇者様」


 見知らぬ声に、一紗は飛び起きた。

 

 目の前の木箱に、一人の魔族が座っていた。 


 頬はこけ、目元がくぼんだ顔色の悪い男。脂ぎった頭髪がワカメのように張り付いている。

 耳がとがっているのは彼が魔族である象徴だろう。


 一紗は思わず顔をしかめた。魔族だから、というわけではない。彼の顔が生理的嫌悪感をかきたてたからだ。


「ヒヒヒッ、そのような顔をしないでいただきたいですねぇ。私の顔が、それほど醜いですか?」

「あんた誰?」

「私は迷宮宰相、ゲオルクです。どうぞよろしく」


 ゲオルクは握手をするように一紗の手を握った。触り、撫で、まるで舌で指を舐めまわすかのような手つきだ。


「柔らかい手ですねぇ」

「触んなっ!」


 一紗はゲオルクを蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされたゲオルクは壁に激突したが、さして痛そうな様子も見せずすぐに立ち上がった。

 

「ヒヒッ、ヒヒヒヒ、気の強い方だ。まあ、私にとってはどうでもいいことなのですがねぇ」


 ……一応は話のできる相手、と一紗は思った。


「ねえ、あんた知らない? あたしたち異世界人が、元の世界に帰ることのできる腕輪。魔王が集めてるって聞いたんだけど」

「……うーん、素晴らしい情報収集力ですねぇ。そして故郷に帰りたい。当然の反応です。しかしですねぇ、残念ながらそれは難しいのですよ」

「なんでっ!」

「ご指摘の通り、魔王様は腕輪を集めています。あのお方のことですから、もちろん理由あってのことでしょう。断言しますが、あなたたちに渡すためではありません」


 一紗は理解できなかった。


「どうして? あたし、あんたたちの仲間はいっぱい殺したのよ? 魔王だってできれば倒したいって思ってる。敵よ! 敵! 腕輪くれれば敵がいなくなるのに、どうして渡してくれないの?」

「なっなるほどなるほど、全くその通りです。私もあなたと同じ気持ちです。しかし魔王様、そしてその側近はそんな当たり前の考え方すらできていない。人間に負けるのは罪、自己責任、弱き者が悪い。お分かりですかねぇ? 件の『黒き災厄』ならまだしも、彼らはあなたのことなど何も思っていません。……初めから交渉の余地などないのですよ」


 確かに、魔族に仲間意識のようなものがなさそうだということは感じていた。

 魔王が何のために腕輪を集めているかは知らない。だが、異世界人に頼まれたからと言って手放してくれるとは思えない。


「あっ、あなたが元の世界に帰るには、魔王様を倒すしかない。このレグルス迷宮で最も強く、そして最も純魔法に長けたあのお方をねぇ……」

「そ……そんな」


 交渉は無理。

 そして魔王が腕輪を集めているのは事実。

 要するに、絶望的だ。

 

「でで、ですがあなたは運がいい! この私、ゲオルクとここで出会ったのですから」

「あんた何なの? あたしに協力してくれるの? 何のために?」

「わ、私はゼオン殿やイグナート殿のように魔王様を崇拝しているわけではない。残念ながら、力もそれほどありませんしねぇ。あなたとは、こ、交渉の余地があるということです」


 宰相ゲオルクが歪に笑った。その笑顔はどうにも疑ってしまいたくなるが、人を見かけで判断してはいけない。


「へぇ、じゃあ何してくれるのかしら? あんたが魔王倒してくれるの? あっ、迷宮の地図とかレアなアイテムくれるならうれしいけど」

「私からあなたへ、プ、プレゼントです」


 魔族、ゲオルクが指し示したその先には。


「……一紗」

「え?」


 一人の少年がいた。

 背は高く、まるで俳優かなにかのように整った顔立ちをした少年。匠と同じように、見慣れたブレザーの制服を身に着けている。


「……優?」


 一紗は知っている。

 彼は園田優だ。

 匠の友達で、そして……一紗の彼氏である少年。

 

 異世界人園田優。

 この場にいるはずのない彼が、なぜか……部屋に現れたのだった。


視点変更はアスタリスクで区切るようにします。

分かりやすいように。

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