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りんごの料理


 レグルス迷宮には休憩室のような部屋が存在する。

 むろん、ここが安全だという保障はない。俺たちが勝手に『休憩室』とか呼んでいるだけの、入り口が一つだけで魔族の侵入した形跡がない部屋だ。はっきり言って安心できる根拠は何もない。


 一応は何かあった時のために交代で見張りを立てたり、入り口から侵入者が入ってきたらベルの音が鳴るようにはしてるが……。

 当然一人の一紗は見張りなんて立てられないよな。一紗の奴、大丈夫かな?

 敵の侵入に気が付けなかったら、死ぬぞ?


 小鳥は一人でもうろうろしてたか。いや、そもそも魔剣の呪いにかかった彼女は寝たりしなくてもいいんじゃないか? なんとなく、あの狂気は人間の生理現象を吹っ飛ばすぐらいの力があるように思える。


「交代だ」


 雫に肩を叩かれた。

 あれこれと考え事をしていたら、どうやら時間がたっていたらしい。次は雫が見張りをする番だ。

 悩みも不安もあるこの状況、あまり眠気なんてないんだがな……。


「頼むぞ」

「任せろ」


 俺は雫に見張りを任せて、部屋の中央へと向かった。

 ここはただの部屋だ。地面はブロックで土のように汚れていないものの、固く冷たい床。凹凸もないからどこでどう寝ても変わらないが、壁際で寝ると何となく崩れてきそうで怖い。今までそんなことはなかったがな。

 

 腰に巻いていたウエストポーチを枕代わりにして寝る。決して柔らかい材質ではないが、ないよりはましというものだ。

 洞窟の中は寒くもなく、温かくもなく微妙な感じだ。


「ねえたっくん」


 ローブをタオルケットのようにして横たわっていたりんごが、ゆっくりとその目を開けた。

 りんごも壁際が嫌派なようだ。俺の近くで寝ていた。


「起きてたのか? りんご」

「たはは、なんかこー目、さえちゃってね」


 りんご……。

 雫がそうであるように、りんごもまた元気がないように見える。

 

 いや、他人事みたいな言い方をしてしまったが、俺だって元気がないのは一緒だ。りんごにとって一紗が頼りになるかけがえのない友人であるように、俺にだって同じことが言えるのだから。


「ことりぃだけじゃなくてかずりんまでいなくなったら、りんごは……」

「俺たちがそのために連れ戻すんだろ?」

「うう……」

 

 おいおい、泣きそうになるなよな。いや、心細い気持ちはわかるが頼むから気を強く持ってほしい。

 俺たちの意志に、一紗の命がかかっているのだから。


「大丈夫だ。あいつは死んでも死なない。今頃さ、『お風呂入りたい―』とか『匠弄りたーい』とか、そんなどーでもいいことぼやいてるに違いない。人の心配も知らないで、なんてけしからん奴だ。帰ったら叱ってやらないとな」

「……くすっ、かずりんなら言いそうだね」

「言うな。むしろもっとひどいことを言っていそうな気がするから怖い」

「うん、うん」


 俺との会話が、少しは気休めになっただろうか? そうなっていると信じたい。


「ねえたっくん、手、握ってもらえるかな? 眠れなくて……」

「こうか?」

「うん、ありがと」


 やわらかいりんごの手を、俺はぎゅっと握り締めた。暖かくて、冷たくて、なんだかちぐはぐな感じだ。

 俺の顔を見つめながら、うとうとし始めたりんごはやがて、安らかな寝息をたてはじめた。


 ……ったく、一紗。

 みんな心配してるんだぞ。

 さっさと戻ってこい。



「おい」


 目覚めると、俺を見下ろしている銀髪ツインテール少女に目が合った。

 雫だ。俺が寝転んでいるせいか、顔を近づけてくる彼女は妙に迫力がある。


「お前、りんごにも手を出すつもりか?」

「…………」

  

 握っていた手を、そっと放す。


「…………」


 雫はそれだけ言うと、特に何も言うことなく近くに座った。


 むぅ、やはりどこか元気がないように見えるな雫。いつもならナイフとか矢で俺の背中をチクチクと突いてくるはずなのに。

 まあ、そんなことされる俺はいい迷惑なんだがな。そういう意味で、今の状況は俺にとってプラスなのかもしれない。


「……ううん、時間?」


 りんごが目をこすりながら体を起こした。


「朝ごはんにしないとね」


 ごはん。

 ここは迷宮。食堂もなければ台所もない。しかし、今俺たちのバッグの中には料理の食材が入っている。簡単な調味料以外は事前に用意したものでなく、この迷宮で手に入れたものだ。

 これは、魔族たちの食糧。

 

 特に人型魔族は人間と同じものを食べるらしい。

 彼らが住む部屋には、人間が食べるのに十分なほどの食糧が置いてある。

 さすがに調理したものまでは置いていないが、肉、果実野菜などその種類は豊富だ。迷宮で作ってるのか、たまに外に出て取ってきているのか、その辺りはちょっと謎ではあるが……。


 以前一紗に、スライムとかコウモリの尿を使って料理する、なんて冗談を言われたことがあるが、別にそんなことをする必要はないのだ。


「たっくん、何味がいい?」

「塩味」

「任された」


 りんごは料理を始めた。

 使うのは炎魔法&水魔法。調理器具は底の深いフライパンのようなものだけ。雫のナイフを借りて、切る。ピクニックやキャンプじゃないんだからな。あんまりあれこれ持っていけないのだ。


 しばらくすると、香ばしいにおいとともにぐつぐつと煮えた鍋料理ができた。

 俺たち三人は、そのフライパン兼鍋を囲って食事を始めた。


「かずりん、どこいるんだろうね」

「ったくあいつ、この匂いにつられてやってこないかな。『あーあたしもー』とか言って」

「そうだな」


 『そうだな』っておい雫、そこは突っ込みを期待してたんだがな。

 今の雫にそういうことを望んじゃダメか。


 俺たちは、時々言葉を交わしながら、食事を進めていった。 

 無言ではないが、口数の少なさは否定できない。一紗がいたころとは大違いだ。


「じゃ、行くか」


 休憩タイムは終わりだ。


 俺たちは、一紗を求めて再び迷宮の奥へと進んでいった。


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