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気落ちした雫



 一紗の行方不明が発覚した、翌日。

 りんご、雫、そして俺は迷宮へとやってきていた。ごつごつした岩肌と床の土が目立つ、どこかその辺の山にある洞窟のような場所だ。


「さて……と」


 一紗はこの入り口から入った。それは見張りの話を聞いた限りでは間違いないと思う。

 だが、足取りに関する情報はそれだけだ。迷宮は分かれ道も多く、目撃者といったら徘徊する魔族たちしかいない。情報源としては非常に頼りなく、そして怪しい代物だ。


 一応、一紗は迷宮の下層へと向かったんだと思う。下層は俺たちにとって未知の領域であり、それだけに彼女の求む宝の存在する可能性が残るから。下に進んでいけば、彼女に近づけるはずだ。

 だが、そもそも迷宮は前人未踏の地。奥に奥に進んでいったとして、終着点が一つとは限らない。最下層が三つも四つもあったら、それこそお手上げだ。


 あれこれと悩んでいた俺は、ふと目の前に矢の羽根が揺れているのに気が付いた。

 銀髪のツインテールが見える。雫だ。しゃがみ込んでいて、背中に背負った矢の束がちょうど俺の前に来ていたらしい。

 どうしたんだろう雫? 体調でも悪いのか?

 

 雫が顔を上に90度上げ、俺に目を合わせた。


「なあ、これ」

「ん? なんだ雫」


 しゃがみこんでいた雫が、指さしている先。

 足跡だ。


 いくつかあるけど、雫が指してるこっちの足跡が新しいな。

 

「これ、一紗の靴」


 もちろん、俺たちも何度か迷宮へと潜ってるから、足跡は残っている。しかし一紗のそれは見るからに新しく、そして一人だけだ。


 一紗はおそらく例の魔具を探している。新しい場所へと行こうとするはずだ。必然的に、この足跡はほかの足跡が付いていない通路へと向かうように伸びている。

 

「しばらくは、これを目印にしていれば大丈夫か……」

 

 こくり、とうなずく雫。


 だがこれはあてにならない。

 迷宮は下層に進めば進むほど、より整備された構造になっていく。今は足跡が残るような土の床だが、やがてはブロックや鉱物で敷き詰められたものへ変化する。水で満たされていたり氷におおわれてたりするところもある。そうすればもう、跡が残ることはないのだ。


 とりあえずの道しるべを見つけ、三人は歩き始めた。


 

 俺たちは一紗の足跡を追った。

 一紗が通った道、と言ってもすでに一日以上経過している。当然ながら道中の魔族がすべて倒されていることもなく、場合によっては俺たちも戦わざるを得ない。


 一紗がいなくなった以上、前衛に立つのは俺だ。魔法使いであるりんご、射手である雫は言うまでもなく後衛ポジション。

 単純計算二倍の負担。責任重大だな、これは。


「……」

「〈赤き雷槌トールハンマー〉」

「〈白刃〉っ!」


 雫の矢、りんごの魔法、そして俺の聖剣が巨大なスライム型の軟体魔族を貫いた。


 この聖剣も、一紗から借りてるようなものだったのに。

 アイツ、せめてこれも持って行けよな。魔剣一つじゃ心もとないだろ……。俺に一言言ってくれれば、すぐに貸して……。

 いや、一人で迷宮行くなんて言ったら俺が止める。そう思ったからこそ、一紗は何も言わなかったんだろうな……。


 俺はドロドロに溶けていくスライム型魔族をぼんやりと眺めている。


 魔物と魔族。 

 魔族は知性ある生き物で、魔物は喋らない。


 かつて俺がよく狩っていた洞窟に生えるアンデッド、森の中に潜む獣型のいわゆる魔獣、スライムや虫魚その他もろもろ。こいつら魔物は俺たちの世界でいうところの害虫、危険生物扱い。兵士や冒険者がその駆除にあたる。


 対して、魔族はレグルス迷宮を住まいとする。魔族は魔物に比べけた違いに強い。大なり小なり知性を持ち、魔王レオンハルトを頂点として社会的組織を持つ。時には迷宮から飛び出し、強大な力と戦術で都市一つをも陥落させる。


 要するに人間っぽい奴らだ。交渉の余地がないわけではないが、いまだ人間に友好的な魔族に会ったことがない。そもそもコミュニケーションがほとんどとれないほどに片言だったり、『愚かな人間め』とか『滅びよ』とか無駄に敵対心を持っていたりなどなど。


 このレベルになると並みの冒険者では手に負えない。魔法、聖剣・魔剣適正の高い俺たち勇者の出番というわけだ。あっ、雫は弓使うの上手い珍しいパターンだな。一応は魔法も使えるけど。

 まあ、ほかの冒険者が絶対手に負えないかって言われるとそこはそうだとは言い切れないが、多数の冒険者が足手まといになるのは間違いない。少なくとも聖剣・魔剣使いか、最高レベル魔法を一つでも身につけておいてほしいものだ。


 道を塞ぐように液体をまき散らしていたスライムが、完全に蒸発した。これで前に進むことができる。


「この程度は余裕か」


 まだまだ迷宮も下層。さっきのスライムだって片言で弱そうな感じだった。

 先は長い、と俺は気を引き締めた。


「…………」


 ……雫。

 普段は俺に毒舌を吐いたりナイフの先を当てたりする雫は、違和感を覚えるほどに口数が少なかった。俺やりんごの後ろについて、とぼとぼと歩いている。

 心なしか自慢の銀髪が萎んでいるようにすら見える。


「こ……婚約って……」

 

 ……ん?


「え? 雫、今何か言ったか? 聞こえなかった。もう一回言ってくれ」 

「あ、いや、何でもない。今話すことじゃないな、気にするな」


 そう言って、俺から目をそらす雫。


 一紗の件で気落ちしてるんだな。不安でさみしいのは俺も一緒だ。

 俺がしっかりしないと!


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