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捜索前夜


 一紗が行方不明になった。その話を聞いた俺は、すぐさま彼女を捜索する近衛隊に協力を申し出た。

 俺たちは近隣住民の話を聞いたりして、目撃情報を募った。いろいろな場所を回った。

 そして――

 

 時刻は深夜。ここは大統領官邸、グラウス城。

 執務室には俺とつぐみ、そしてりんごと雫が集まっていた。

 りんごと雫は一紗と一緒に暮らしている。そんな彼女たちに行く先を告げずいなくなったということは、不慮の事故か……はたまた故意に行き先を告げなかったかだ。


「……一紗は迷宮へと行ったらしい」


 深刻な表情をしたつぐみが、重い声でそう言った。


「迷宮の入り口で兵士たちと話をしたのが最後。彼らは直接一紗が入ったのを見たわけではないが、恐らくそのときだろう。こういうことが起こらないための見張りなのだがな……」


 薄々そうじゃないかと思っていたが、一紗は迷宮へと向かったようだ。

 迷宮か。


「どう思う? 匠」

「普通に迷宮へ行くなら、俺たちと一緒に入ればいい。たぶん、一紗はいつも行かないような深く危険な場所まで行ってるんだ。例の腕輪の代わりになるものを取りに行くためにな。一人で行ったのは……俺たちを巻き込まないためか」


 一紗には例の帰還の魔具が必要だった。これまで捜索した場所よりも深く、よりレアな宝物が手に入る場所へと向かいたかったはずだ。

 そこには数多くの危険が付きまとう。俺たちが四人そろった状況でも躊躇してしまうような、最深層。だからこそ一人で行った。自分のわがままに、ほかの人間を巻き込みたくなかったから。


 命の危険があるから一人で行った。そう考えるのが一番自然だと思う。


「かずりん、どうしてりんごたちに話してくれなかったのかなぁ」

「一紗……」


 りんご、雫も沈み気味だ。

 俺は想像してしまった。迷宮で魔族相手に苦戦する一紗を……。


「……運よく目的のものが見つかればいい。でも見つからなければ、奥に奥に進んでいくはずだ。そうなったら、もう俺たちが連れ戻すとかいうレベルの話じゃない。奥の方に住んでる魔族は強いだろうし、一紗だって俺たちだって殺される危険がある。一分一秒を争うんだ。今すぐ行こう!」

「う、うん! そうだよね。かずりんを連れ戻さなきゃ」


「待て!」

 

 出て行こうとした俺たちを止めたのは、つぐみだった。


「待て、待つんだ匠! もう深夜だぞ? 匠はずっと一紗を探すために必死に走り回っていたはずだ。今日はゆっくり休んで、明日の朝行けばいいんじゃないか?」

「一紗を見捨てるのかっ!」

「そうは言っていない! 万全の状態で行くべきだと言ってるんだ。私は……匠のことが心配で……」


 つぐみの悲痛な叫びに、俺は幾分かの冷静さを取り戻した。


 ダメだな。

 俺が幼馴染である一紗のことを心配してるように、つぐみだって婚約者の俺を心配しているんだ。鈴菜だって乃蒼だって璃々だって、俺が行方不明になればきっと悲しむ。

 最悪の事態は避けなければならない。万全の状態で迷宮へ行くんだ。


「そうだな、つぐみ。俺はちょっと焦りすぎてたみたいだ」

「匠……」

「一紗は……俺を守ってくれたんだ。あいつがいなければ、俺はきっと今頃死刑になってた。あいつの存在が、異世界で暮らす俺にとっての希望だったんだ。明日だ。明日、迷宮に行く。りんごも雫も、それでいいよな?」

「うん」

「問題ない」


 頷く二人。


「私としても一紗を失うことは避けたい。友人としても、この国の指導者としてもだ。三人にお願いする。一紗を……連れて帰ってきてくれ」


 睡眠不足でぼーっとしてて魔族に殺されました、じゃ話にならない。迷宮で寝るのは緊張するし、場所は限られてるからな。


 こうして、この日は解散となった。



 夜。

 自室の部屋。俺は窓の前に立っていた。


 窓の外には、月明かりに照らされた庭が見える。美しい花で彩られた綺麗な庭園なのだが、さすがにこの暗さではぼんやりとした輪郭しか見ることができない。


 背後のベッドには四人の少女がいる。乃蒼、鈴菜、つぐみ、璃々だ。つぐみと璃々は一紗関連の激務がたたりもう寝てしまった。鈴菜も俺を待ちすぎて先に寝てしまったらしい。そして――


「匠君……」


 振り向くと、そこには乃蒼がいた。

 今日の乃蒼は猫柄のパジャマを着ていた。ピンク色のそれは色っぽいというよりはかわいらしいという印象で、思わず抱きしめたくなってしまう。


「ごめんね、私、匠君のこと手伝えなくて。魔法とかそういうの全然駄目で」


 戦闘面で役に立てないことを、申し訳なく思っているのか?


 俺は乃蒼を抱きしめた。小柄な彼女であるから、抱きしめるときはどうしても肩や頭に手や腕が回ってしまう。


「乃蒼はここにいてくれるだけでいい」

「ありがと。大好き」


 乃蒼、鈴菜、つぐみに戦闘能力はない。そしてはっきりとは口にできないことだが、璃々はあまり強い方ではない。

 しかしそれを気にする必要はない。

 俺は乃蒼がここにいてくれるだけで嬉しい。鈴菜だって、つぐみだって、ミーナである俺のことを好きだって言ってくれた璃々だってそうだ。


「あのね。匠君がかえってきてからでいいんだけど、話したいことがあるの」

「……ん? なんだそれ? 今話せないのか?」

「今はね、ちょっと……」


 乃蒼は言い淀んだ。

 ま、今は正直何を言われても頭に入ってこないと思う。一紗のことが心配だからな。


「匠君、明日は頑張ってね。……無事で帰ってきてね」

「大丈夫だって。一紗を引きずって持って帰るからな、帰ったら乃蒼も文句言ってやってくれ。叩いてやってもいいぞ。俺が許す!」

「もう、匠君。一紗さんとはいっつも仲良さそうだよね……」


 乃蒼が頬を膨らませた。

 

 少しだけ談笑をした後、俺と乃蒼はベッドに戻った。


「……乃蒼」

「んっ、駄目だよ匠君。明日、頑張るんでしょ」

「…………そうだな」


 気の迷いだったな。今日は寝る日なんだから……。

 俺たちは二人で手を握ったまま、ゆっくりと夢の中に落ちていった。


ここからが幼馴染編になります。

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