お部屋に招待
冒険者ギルドの近くには俺の家がある。
家、といういい方にはちょっと語弊がある。アパートといった方が適切か。ギルドの斡旋で借りることができる、そんな部屋だ。
広さは1LDK程度。家賃は一か月金貨一枚。
金貨一枚は割りと高額だ。ここは首都、しかも冒険者ギルドのある建物密集地帯に建っているのがその原因だろう。
しかし俺はその程度なら難なく用意することができる。なんだかんだで野良アンデッド倒すクエストは儲かるのだ。
「ど、どうぞ」
なんだか女の子を自分の部屋に呼ぶのは緊張する。俺は変な声を出しながら乃蒼を招き入れた。
ふらふら、と夢遊病者か何かのような動きをして部屋の中に入った乃蒼は、そのまま床に座り込んだ。
「ごめんね、私、あの屋敷を……」
どうやら、屋敷を燃やされたことに罪悪感を覚えているらしい。
「あれはつぐみが悪い。全部悪い。乃蒼は全然悪くない。そんなことよりさ、俺は火がつけられた時いなかったから見てないんだけど、怪我とかやけどはしてないよな?」
「……うん」
さすがに乃蒼がいるところを丸焼きにするつもりはなかったらしい。
でも乃蒼はひどく汚れていた。白いレースの部分はすすと泥によって着色され、いたるところに細かい灰がこびり付いている。燃える屋敷を前にして、強く抵抗したせいかもしれない。
ずっと服や顔をチラチラ見ていた俺の様子に、乃蒼は気が付いたらしい。
「あ、ごめんな……さい。服、汚いよね」
別に文句を言ったつもりはなかったのだが、乃蒼の目にはそう映ってしまったらしい。
「汚れなんて気にしなくていい。連れ込んだのは俺だ。どうせ後で掃除もするし、楽にしてくれていいぞ」
「ううん、悪いよ。着替え……あ」
あ。
乃蒼の着替えは勇者の屋敷に全部置いてあった。あの屋敷は燃えてしまったし、乃蒼は今メイド服以外何も持っていない状態だ。
つぐみは何もかも燃やしてしまったのか? いや、ひょっとすると乃蒼のために用意した新しい住まいとやらに荷物は移してあるのかもしれないが、今となっては聞くこともはばかられるな。
ともあれ、汚れた顔を拭く必要があるよな。
俺は手にタオルを持った。
「水の精霊ウンディーネよ、青き清浄、生命の源、川の恵みをもたらしたまえ」
伸ばした手に、水色の渦のような空気が集まっていく。水属性の魔法が発動する前兆だ。
「清き水」
水を生み出す魔法。初級中の初級だ。最弱モンスターのスライムすら倒せない。
ここはなんか中世っぽい異世界。便利な水道なんて部屋には存在しない。水や火が欲しければこうやって魔法を使う。
こうして冷えた濡れタオルを用意した俺は、乃蒼にそれを渡した。
「ありがと、優しいね」
「いやいや、これが適性Sランク勇者のお仕事です」
ま、その有り余る適性をこんな初級魔法にしか生かせないわけだが。
乃蒼が顔や手を拭いている。すすで黒く汚れていたところから、白雪のように美しい肌が露となる。黒ロングの髪が良く映える色だ。
乃蒼って、ちょっと暗くて引っ込み思案で目立たないけど、かわいい方だよな。やっぱりモテたりとかするのだろうか?
「下条君の、服、貸して」
「そうだな、とりあえずはそうしよう。クローゼットとかその辺にかけてあるやつ、どれでも使ってくれていいから」
「……(こくり)」
頷いた乃蒼は、そのまま服を脱ぎ始めた。
足元に黒のニーハイソックス、ふとももあたりからガータベルトがちらりと見えた。
何度も断っておくが、この服は俺が用意したものではない。貴族とかがニコニコしながらもってきたものだ。女子たちの間では俺が取りよせた風な扱いになり、つぐみが『変態っ!』とか罵っていたのを思い出す。俺の力でどうにかなるわけないだろ。乃蒼みたいに黙って着てくれればいいんだ。別に覗いたりなんてしないんだからさ。
ふと、下着に手をやる乃蒼と目があった。
はっ! ぼーっと乃蒼のことを見ていた俺だけど、これは覗き行為にあたるのではないだろうか? 後ろを向くのが正しい紳士だったのでは?
「ごめん、変な考え事してて」
「ううん……私、体、小学生みたいだし。下条君も、見たくないよね」
「そそそ、そんなことないぞ! 見たい! むしろすごく見たい! でもほんとすまなかった」
「……別に、謝らなくていいよ」
俺は後ろを向いた。
背後から布の擦れる音が聞こえた。下着だけになった乃蒼の姿を想像して、なんだか変に興奮してしまっている自分がいた。
「あ、これ借りるね」
どうやら俺から借りる服を決めたらしい。
「いいよ」
俺は振り返った。
乃蒼が着ていたのは、俺がここに最初ブレザーの下に着ていた白いワイシャツだった。ズボンとかそういうのは履いてない。
え?
「見て、ぶかぶか」
彼女の体は俺よりもずっと小さく、小学生と言ってもぎりぎり通ってしまうかもしれないぐらいだ。したがってワイシャツの袖は途中で折れていて、大きめの首回りから白いブラがちらりと見えた。
「なんで下履いてないの?」
「あのね、私、小さいから。合うズボン、なくて……」
恥ずかしそうにウエストあたりを抑えつける乃蒼。確かに、この大きさじゃあベルトを着けてもズボンがずれ落ちてしまうと思う。
な、なんちゅう恐ろしいことを。この子は俺を誘っているのだろうか?
後で彼女の服を買いにいかなければ。
あわあわとしている俺の手を、乃蒼が握った。
「あの、私ね」
「うん」
「ここの掃除とか、料理とか、いっぱいするね。……下条君の、役に立つね」
「べ、別に無理しなくていいんだぞ? 元の世界に戻るまでの期間だ。俺はこれまでずっと一人暮らしてしてたわけだし、掃除ぐらいは乃蒼がいなくても――」
と、気遣っていたつもりだったけど、どうやら余計なお世話だったらしい。乃蒼が一指し指を立てて、俺の唇を塞いだ
「よろしく、ね」
そう言って、乃蒼は笑った。