お持ち帰りされる
「う……うう……」
俺は頭を抱えながら上半身を起こした。
えっと、俺、何してたんだっけ?
そ、そうだ。俺は確か璃々に誘われて、二人でカフェみたいな店に行ったんだ。そこで注文した飲み物飲んだら、なんか眠くなって……。
「…………」
俺は周囲を見渡した。
どうやら俺はベッドに寝かされていたらしい。明らかに一人用じゃない大きめのベッドだ。
っと、俺は女装してたんだったな。とりあえず服もウィッグもそのままの状態みたいだから、何か変なことをされたわけではないようだ。
ろうそくの怪しげな光がゆらゆらと揺れる、狭いホテルのような部屋だ。
……く、なんだこれは。
起き上がろうとした俺は、体の異常に気が付いた。
なんか……異常にふらふらする。まるで眠り薬か何かを飲まされたかのようだ。
水を浴びる音が聞こえる。誰か……いるのか?
「あ、起きましたか?」
奥のバスルームで体を洗っていたらしい璃々が、ガラス戸を開けてこちらの部屋にやってきた。
濡れた髪を拭きながら、薄タオル一枚で体を隠している。下着も水着もはいていない。ポニーテールをほどいたその姿は、いつもと違う印象だ。
彼女は凹凸のない子供っぽい体つきをしているが、それでもでるところは出ている。肌の露出の多さに、俺は驚きを隠せなかった。
「えっ? え、え?」
寝起きということもあり、俺の頭は完全に混乱状態。風呂上がりの璃々を眺めながら、口を金魚のようにパクパクとさせていた。
ベッドに近づいてきた璃々が、戸惑っている俺にキスをした。
「ミーナさん、私の気持ち、もう分かってますよね?」
「き、気持ちって……」
「お姉さまは……悲しいですけど、あの男を選びました。私も、新しい恋を見つけていいですよね?」
ダメです!
く……なんだこれ。璃々は悲しくて頭がおかしくなってしまったのか?
とにかく全力で逃げようとした俺だったが、体に力が入らない。璃々に眠り薬のようなものを飲まされたらしい。まさか……こんなことをされるなんて完全に予想外だったな。
タオルを取り去り一糸まとわぬ姿になった璃々は、微笑みながらベッドの中に潜りこむと、蛇のように体を絡ませてきた。彼女の手が、足が、そして髪が俺の体に重なっていく。
体は駄目だ! 俺の正体がばれてしまう! 何か……何か言わないと……。
「ま、待って困る! 私、彼氏いるから!」
「じゃあ浮気ですね。男からミーナさんを奪い取るなんて、なんだか……すごくいいですね。ミーナさんはその彼氏さんのことを考えながら、天井のシミを数えててください」
ひいいいいいいっ! ヤバイ、こいつ本気だ! 女同士でも彼氏がいても、俺を全力で狙いにきている!
っていうかつぐみは男いるからあきらめるのに、俺はあきらめないってその理屈おかしくない? 俺はNTR要員ですか? つぐみは激怒するけど、ミーナさんなら許してくれるとか思われちゃってる?
まずい。体もうまく動かないし、なんとかしなければ……。
「これを見てくれ!」
俺は震える手でブラと胸パットを外した。はだけたブラウスとネクタイの奥には、凹凸一つない胸板が現れる。
璃々は一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐに機嫌よく良く笑い始めた。
「胸がないことを気にしてたんですか! もうっ、ミーナさん可愛すぎて死にます!」
違ああああああああああああああああああああああああああうう!
俺の方が背高いのにかわいいっておかしくない? 女の子のかわいいはよくわからないな。
「俺は男なんだ!」
「私は女ですよ。男女でよかったですね」
もう駄目だこの女、興奮してて何も言うこと聞いてくれない。
この分だとウィッグ外しても、『髪の長さを気にしてたんですかかわいいー』とかなんとか言いながら自分の中で納得するに違いない。もはや多少の身体的変化で彼女の昂ぶりをおさめることは不可能だ。
そ、そうだ。
俺は今、半分脱げたネクタイにネクタイピンが張り付いている状態だ。こいつは一紗が迷宮から持ってきた魔具で、今までずっと俺の声を女っぽいものに変えていた。
焦っていて気が付かなかったが、こいつを今外してやればいい。
そうすれば俺の声は男に戻る。しかもあのにっくき下条匠の声だ。さすがに璃々も、この事実には目を背けられまい。
……いや、俺が下条匠だってばれたら璃々に冗談抜きで殺されないか? 今のこの状況、とても見逃してもらえるとは思えないが……。
でもこれ以外もう方法は……。
駄目だ時間がない! もうこれしかない!
というかこれがダメだったらもう下半身を露出する以外方法がない! さすがにそれは避けたい。
多少のリスクは覚悟の上!
俺はすぐさま胸元のネクタイピンを外そうと手を伸ばした。
しかしその手は璃々によって止められてしまう。
「なっ何を……」
「私、半脱ぎが好きなので!」
おいいいいいいいいいいいっ! 俺も嫌いじゃないけどさ!
ホントは俺の力が上のはずなのに、薬のせいか体に力が入らない。璃々は体重をかけて俺の上半身をベッドにおろし、再び体を撫で始めた。
俺が唯一できることといったら、体を丸めて防御姿勢をとることだけだった。
「ちょっと、ホント、マジ、止めて……」
「ミーナさんの胸、お尻も、ほっぺたも好き。全部全部好き。私と、新しい恋を育みましょう」
璃々は俺の耳元でそう囁いた。蒸気のように熱い彼女の息が、俺の腕、肩、首を撫でていく。
いけない。
ど、どうすればいいんだ? もう、打つ手がない……。
「ミーナさん、初めてですよね? 私も初めてなので……」
そして、太ももを撫でていた璃々の手が、俺の絶対触られては困るところに……いって……。
「え……、何、これ……?」
ベッドの中で、全裸の女の子に言い寄られて、あちこち触られて、愛を囁かれて……。
そして……。