璃々を元気づける会
夜、首都大通りにて。
護衛をする近衛隊の勤務時間は、つぐみが仕事を終える時間。今日のつぐみは夕方ごろに仕事を終えたので、今は全員勤務時間外だ。
俺は隊長である璃々や他の護衛近衛兵たちを連れて、予約していた店にやってきていた。
ラ・ネージュ、と呼ばれるこの店は、かつて俺もよく行っていた酒場だ。
みんな甲冑を脱いで思い思いの服を着ている。俺はスカートとブラウス、璃々は制服姿。
席は中央から遠く離れた一室。高級感漂う場所で、壁を挟んで他の席とは離れている。
「あの、これは何のお祝いですか? 私、誕生日とかまだ先ですけど……。ミーナさんたちの新人歓迎会はもう終わりましたよね?」
璃々は困惑している様子だった。今日、何も言わずにここへ連れてきたから、それは当然かもしれない。
「隊長、閣下が結婚して落ち込んでたよね?」
「え……あ、……はい」
俺は璃々の両手を握った。
「わかる! 憧れの人が遠くにいったみたいで悲しいんだよね? 私も大好きな近所のお姉ちゃんが結婚したとき、すっごく悲しかった!」
まあ実際もっと根が深いことを俺は知っているのだが、純真ミーナちゃんは女の子同士が愛し合うなんて理解できない設定なのだ。
「私、隊長に元気になってもらいたいの! だから今日はみんなを集めて、ここで一緒にご飯をたべようかなーって思ったんだ」
ここにいる者は全員、璃々に対してそれほど偏見や嫌悪感を抱いていない人間だ。
日が浅くて隊長の大統領への気持ちを理解していない者。
純粋に隊長を尊敬し、心配している者。
特に何も感じてはいないが、俺が料理代出すと言ったからつられてきた者。
正直言ってこういう人たちはマイノリティーだから、集めるのには苦労した。
だが璃々もこれで理解しただろう。自分には仲間がいることを。
「あの、このお店。高いんですよね? 皆さん、大丈夫なんですか?」
「私、例の特務でお金いっぱい持ってるから気にしないで」
まあ実際、そんな特務はないんだが。冒険者ギルドのクエスト+勇者としての国からの支援金がある。ここにいる全員の金を払っても、なんとかなるレベルの金だ。
「ミーナさん……私……」
璃々は感動極まった様子で俺に抱き着き、胸パットに顔を埋めた。心なしか、自慢のポニーテールが萎れているように見える。
「うう……うううぅううう」
そ、そんな泣くなよ! なんか俺が裏でほくそ笑んでいる悪人みたいじゃないか。
やれやれ、仕方ない奴だ。
ここは俺が女装で培った女子力を発揮して、隊長のメンタルを元に戻してやることにしよう。
私の女子力は53万です。
ですがもちろんフルパワーで戦う気はありませんから。それとあと三回女子力が増加する着替えを残しています。
などと頭の中で悪役っぽいことを考えていたら、席に座った近衛隊の女の子たちがすでに話を始めていた。
「あの閣下のクラスメイトの愛人。匠さん、だっけ? あの人かっこいいっていう人もいるけど、あたしはそうは思わないな」
「ほんとねー」
「わかるわかる! なんかあいつ……雰囲気がさ、なんとなく嫌だよね」
「なんかキモい」
おいそこ! 同意するな! 俺の悪口で盛り上がるな!
このままでは俺が残念な人扱いだ。こんなことが許されるのだろうか? 否、許されてはならない。
正しくフォローされるべきだ!
「そ、そんなことないと思うな。私、この前あの人見かけたけど、そんなに悪い人には見えなかったけどなー」
「えー」
「ほんとにー?」
「ミーナさんああいう男が好み? 変わった趣味してるわね」
おい! なぜ俺のフォローには同意しない! そんなに君たちは俺のことが嫌いなのか!
まあ、よくよく考えれば、ここに集まってる人間はどちらかと言えば璃々に同情的な奴らが多いわけで。とすると自然に、彼女が嫌っていた俺のことを快く思っていないやつも多少はいるわけで。
「お待たせしましたにゃ。ムール貝とエビの白ワイン蒸し、海藻のスープですにゃ!」
猫型獣人風のコスプレをした少女、俺のクラスメイトの須藤子猫が料理を持ってきた。
俺の目の前で尻尾が揺れている。何となくつかみたい衝動に駆られるが、心を抑えておこう。
「ニャ?」
ふと、子猫が俺の頭上で鼻をひくつかせた。
「クンクン、クンクン、この匂いは……どこかで……」
おい!
嗅覚まで獣じみている、わけではないと信じたいが、どうやら人並み以上に匂いに敏感らしい。まさかとは思うが、俺の正体に気が付きかけている?
ウィッグだってつけてる、スカートだって胸パットだって薄化粧だって完璧だったのに。
璃々が騙されてるから子猫も、なんて簡単に思ってたのが間違いだったか? この店以外いい場所知らないからつい来てしまったが……浅はかだったか。
「ご、ごめんなさい。鎧着て仕事してたから、きっと汗臭いんだよね?」
俺は即座に香水を吹きかけて匂いをごまかした。本当は璃々に言われた時のために用意しておいたものだが、彼女に匂いで問い詰められたことはなかったからな。
「ニャアアアアア!」
「あっ、ごめんなさい!」
ついでに子猫の鼻にも吹きかけておく。悪いな、今のはわざとだ。
料理を食べて、適当に会話を弾ませて、俺主催の『隊長を元気づける会』はつつがなく進行した。
涙で瞳を潤まされていた璃々だったが、隊員たちと話をするたびに少しずつ元気を取り戻していった。
そして、食事は終わった。
女だからそんなに食べないだろ、とたかをくくっていたおれだったが、予想外に食費がかさんだことに驚いた。あいつら普通に肉とか食いまくってたよな? いくら俺が高収入といえ、ちょっと無視できない金額になってしまった気がする。
まあ、でもこれでもう終わりだ。今後の璃々は、仲間たちに支えられながらしっかり近衛隊の仕事を務めていくのだろう。
さあ、俺も屋敷に戻ろう。人目のつかないところで着替えてから、だがな。
と、帰ろうとした俺だったがすぐに引き戻されてしまった。誰かが俺のスカートをつまんで
璃々だった。
心なしか、顔が赤いように見える。体調が悪いのか?
「ミーナさん、今晩、予定ありますか?」
まあつぐみにはこの件を話してあるからな、多少遅れても問題ないだろう。
が、璃々と2人っきりというのは抵抗がある。今の彼女に悪意がないことはわかりきっているが、何かの拍子に俺の正体がばれてしまうことは否定できない。
「えっと、何か用事ですか?」
「私、ミーナさんと2人っきりでお話したいかなぁって。ケーキとか食べながら。ダメですか?」
うーん。
2人っきりかぁ。
正直気が進まないけど、ここで変に拒絶したらあまり璃々のメンタル的にも良くないだろうな。
「少しだけなら」
「本当ですか!」
璃々が花の咲いたような笑みを浮かべた。
喜ぶ璃々に手を引かれ、俺たちは夜の大通りを駆けて行った。




