第三の夫、俺
後日、つぐみの婚約が発表された。
芸能人とかみたいにいろんな記者からインタビューされる様子を想像していた俺にとっては、拍子抜けの展開だった。
つぐみを通しての発表は、とある式典の途中だったらしい。有力な商人や大臣、将軍などが集まっての会場だ。
発表があった、という話を聞いただけ。それ以降特に音沙汰もなく、日常を過ごしている状況だ。
後で聞いた話だが、近衛隊を通して俺への贈り物や祝辞の言葉をシャットアウトしているらしい。俺を通して個人的な癒着が生まれることを防ぐのが狙いかな? 俺に政治的な発言をさせたくないのかもしれない。
まあなんにしても偉い人や怖い人に絡まれないのは助かる。
一方で、一部のクラスメイトや近衛隊、冒険者ギルドや大学周りには、つぐみだけでなく乃蒼や鈴菜と俺の婚約が伝えられた。まあ、今連絡取れる奴だけだが。
ここは写真もない世界だ。テレビもなければラジオもない。新聞のようなものが一応存在するものの、どちらかといえばそれすらもある程度裕福な人向けだ。
そんな世界で、『俺、乃蒼と婚約しました!』っていろんな国や商人たちに触れ回るってのもよくよく考えればおかしな話だ。『お前王様にでもなったつもりかよ!』と。つぐみとしてもこれが無難な選択肢だったのだろう。
時々近衛隊や冒険者っぽい人からちらちら見られているのは気のせいじゃないと思う。そのぐらいは、まあ、変化あるよな。
つぐみが婚約を発表した。
そこまではいい。
だが富裕層向けの新聞のような情報誌を読んでいた俺は、驚愕の事実に気が付いてしまった。
俺、三番目の夫になってる。
え、何このアルバートとかジェームズとかいう人。しかも俺の下に第四、第五の夫がいることになってるし。
こここここ、これはもしかして浮気という奴ですか? 知らない間に俺は愛人ポジションになってしまったのか?
いやいや俺だって乃蒼や鈴菜がいる。自分だけハーレムで相手に愛人すら許さないのはあまりに心が狭いのでは……。
いやいやいやいや俺はちゃんとつぐみに話してるぞ? 話さないまま知らない男となんてもうそれは浮気。
うう……いやしかしこれは……。
うーうー悩んでいても仕方ないので、俺は足を運ぶことにした。
ここは大統領執務室。
セクハラされて以来ここに来ることを避けていた俺であったが、今日はどうしても尋ねたいことがあったためここへとやってきた。
目の前のつぐみはにっこりしながら俺の腕に抱きついている。さすがにメイド服は飽きたのか、今日はマントと制服姿だ。
「あのさ、この前の婚約発表の件なんだけど……。つぐみさ、5人婚約者がいるよな? 俺3番目になってるよな?」
「うん」
「いや、俺だって三人でハーレムみたいなことしてるわけだからあまり強いことは言えないけど。一声あってもいいんじゃないかなぁと」
「ぷっ」
つぐみが笑った。
「わ、笑いごとか? 俺はな、乃蒼や鈴菜がいてもお前のことが好きで――」
「それ、みんなダミーなの」
え?
ダミー? このアルバートとかジェームズとかいう人が?
呆け顔の俺に、つぐみがゆっくりと説明を加えていく。
「アルバートは王家との癒着が激しい政商だったの。裏でフェリクス公爵を支援して、鈴菜の件でも多額の金を公爵のために工面してた。でも表では普通の商人で通ってる汚い奴。証拠を掴めなかったから、秘密裏に処刑したの」
いつもの変な口調とは裏腹に、言葉はかなり黒い。
俺に死刑死刑連呼していたつぐみだ。圧政を敷いていたわけではないが、反対者への処罰には容赦なかったはずだ。
そのアルバートとかいう悪徳商人がどんな末路をたどったのか想像に難くない。
「ジェームズは温和な元貴族。でも今年で92歳だからそろそろ死ぬの。名前だけ貸してもらったの」
「…………」
死ぬっておい。ジェームズさんかわいそうだろそれ。
でもまあ、つぐみとは敵対してないのか。ならまあ、無難に大往生できるのかな。
この調子だと四番目も五番目も似たようなものだな。もう聞く気も失せてしまった。
「嫉妬した? 嫉妬した嫉妬した嫉妬した? つぐみはご主人様だけのものだよ」
「…………」
つまり婚約とは名ばかり。実質つぐみの夫は俺一人というわけだ。
もちろん、裏で他の男と……という可能性が全くなくなったわけではない。
でもここでそれを疑ってしまったら、それこそ彼女のすべてを疑ってしまうことになる。俺はつぐみを信じているし、彼女だって俺のことを信じている。
これ以上の話は無意味だ、と俺は素直に胸をなでおろすのだった。
これでつぐみの男女平等主張は通り、璃々にははっきりとNOを突き付けたわけだ。まあいろいろ言いたいことはあるがひとまずは良しとしよう。
そして近衛隊を味方につけた俺に女装は必要ない。
ミーナさんは死にました。
執務室を出ると、控えていた甲冑姿の少女二人が俺を出迎えた。
「下条匠様、護衛のためお供をします」
「城を出るまででいい。頼めるか?」
「かしこまりました」
おお……おおお……。
俺も偉くなってしまったものだ。ファーストレディならぬファーストハズバンド?
もちろん、俺は聖剣を持っているし魔法だって使える。雇用対策的側面が強い近衛隊よりもはるかに腕が立つ。本当の意味で護衛なんて無意味なのだ。
でもまあ、この官邸というのは璃々の件も含めいろいろと動きにくいところだ。素直に護衛を受け取っておく。
「あの……匠様」
廊下を歩いている途中で、護衛の女の子が話しかけていた。
「よろしければ、閣下との馴れ初めをお聞かせください」
「私もそれ気になります! ついこの間まで、閣下とは犬猿の仲だったはず。いつの間にこのような……」
まあ、第三者視点から見ればそうだろうな。っていうか俺だっていまだに今の状況が信じられないわけだが。
「この前、男が城に侵入してた事件を覚えるか? あの時、つぐみのこと助けてな。その縁だ」
「やはりそうでしたか。匠様はこの世界をお救いくださる勇者様の一員。私たちが眠らされている間に、さぞかしご活躍したのでしょうね」
「わたしわたし、鈴菜様の処刑場で匠様のことを見てました! あのように情熱的な言葉で閣下を口説かれたのですか?」
「ま、まあ、そんな感じかな……」
実際はもっと迫られて追い詰められて感が強いが、まあ言わないでおこう。
「「きゃー!」」
近衛隊の二人が、手を取り合って黄色い声を上げた。
おいおい、なんか気分いいぞ俺。この世界でいろいろやってきたが、今なんだか一番勇者っぽい扱いを受けている気がする。
「私たちの仲間を悪の公爵からお救いくださったという話は本当ですか?」
「迷宮でのご活躍、差しさわりなければお話しください」
「ああ……ああ、フェリクス公爵と迷宮の話ね。えっと……」
俺は自分の経験を話し始めた。もちろん、つぐみや乃蒼に迷惑がかからない程度に、あちこちをぼかしながら。
ふと、廊下の先に目線がいった。
そこには、璃々がいた。
「……なんでアイツがアイツが……アイツが……」
ブツブツと独り言のようなことを呟きながら、執務室の扉の前に立っている。かりかりと扉を爪でかく姿は、主人に捨てられた猫のようだった。
「あれは、璃々隊長ですね?」
俺の目線に気が付いたのか、近衛兵の一人が璃々に目線を向けた。
「隊長、閣下に懸想されているといううわさは本当だったんですね」
「ちょっとひくなー」
「あんまり近づかないようにしよ」
「気持ち悪い……」
うわー、なんか感じ悪いな。
そーいえば璃々の奴、つぐみ好き好きしてるのって近衛隊の人たちがいない時が多かったよな。
ここは異世界。それもつい最近まで男女差別の根強かった社会だ。女の子が女の子を好きになることに対して、強い偏見があるのかもしれない。
まあ、璃々がショックを受けていること自体は想定の範囲内だった。でも、近衛隊の人たちがこんな反応するとは思ってなかったな。うまく慰めてくれる、とかそういうのを期待してたのに……。
璃々の奴、大丈夫か?
ここでヤンデレとか、ストーカーとか、そんなことになったら後味が悪い。考えすぎかもしれないけどな。
何か手を打っておかないとな。




