純魔法
俺とつぐみの婚約。
それは確かに璃々とつぐみの関係を一気に断ち切ることができるだろう。璃々とは結ばれないという強力なメッセージになるからだ。
しかもそれだけではない。
つぐみの夫は大統領の夫。現行法によると大統領の家族にはつぐみと同じように城で護衛をつけることができるらしい。
城での護衛、つまり近衛隊だ。
つぐみと婚約すれば俺は近衛隊の護衛対象となるのだ。
こうなればもう璃々は俺に手を出せない。彼女以外の近衛兵が俺を守っているのだから。下手に手をだしたりすれば、それこそ本当に犯罪者だ。大統領の身内に手をかける……なんて重罪だからな。
でもつぐみとだけ婚約を発表するなんてアンフェアだ。そういうことをするなら、乃蒼や鈴菜とも婚約しないといけない。
とすると俺は同時に3人の女性と婚約するわけだ。一夫多妻制だ。女性の権利を主張して革命起こした大統領として……その辺はどうなんだろう?
うまい手を考えてるんだよな? まさかそっちの方まで頭がおかしくなってたり……。
いや、きっと大丈夫だ。つぐみはちゃんと仕事してるし。
ともあれ、婚約を発表する方向で話が進んでいるらしい。
俺としても、彼女たちを安心させる意味でもこういった宣言は必要だと思っていた。今のただれた関係のままじゃあ駄目だ。
などといろいろなことを考えながら、女装した俺は城の中を警備していた。執務室ではない。あそこにはセクハラ大統領がいるから逃げてきた。転勤願だ。
俺は璃々から逃げるつもりでつぐみのところ行ったのに、今度はセクハラのせいで璃々のところに逃げ込むという。
本末転倒とはまさにこのこと。でも璃々隊長は女の子に優しいから、女装してればすっごく居心地がいい。
すまんつぐみ。だが隣に立っててお尻とか太ももとか撫でられる俺の気持ちになってほしい。
城はでかい。城壁や離れた建物を入れれば小さな村がすっぽり入ってしまうぐらいの大きさだ。つぐみの執務室なんて大きな城の中の一室。わざわざ中に入ったりはしない。周辺をうろうろするだけの仕事だ。
「ミーナさん」
考え事をしながら歩いていたら、前を歩いていたはずの璃々がこっちを向いた。
「私、ミーナさんは頑張ってると思うんです。この前も、お姉さまからの特務で遠くまで行ってたんですよね? 入ったばかりなのに、そんな大きな仕事を任されるなんて、とても素晴らしいことだと思います」
すまんな、その特務は仕事をしないための言い訳なんだ。
本気で俺のために怒っている隊長を見ていると、なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。
「それなのに、直属の護衛を簡単に外されるなんて……。納得できません。私、お姉さまに掛け合ってきます! ミーナさんがお姉さまのそばにいられるように」
「え……」
話が変な方向に飛んだ。
そ……そんな。
掛け合えばつぐみは嬉々として俺をそばに置くだろう。
またつぐみにセクハラされるの?
い……いやだああああああああっ!
気が付けば、俺は璃々の手を握っていた。
「私っ、先輩と一緒に仕事したい!」
「え……」
「先輩と一緒に仕事できるだけで幸せ! 最高! 大統領閣下のところに戻りたくない! お願い! 私を見捨てないで!」
自分でも何言ってるかわからないほどに必死だったと思う。
「だ、駄目ですよ私。お姉さまがいるのに……そんな……」
璃々が顔を赤めながら指をもじもじとさせた。男の俺に対しては絶対に見せないような乙女っぽい反応だ。
……何か猛烈に嫌な予感がするんだが、気のせいだろうか? うん、きっと気のせいに違いない。
俺はそのことを忘れようと、璃々を無視して前に進む。
「あっ、待って。行きましょう、ミーナさん」
そう言って、璃々は俺の腕に抱きついてきた。
男の時も、これだけ愛想がよかったらなぁ。
などと思いながら、俺たちは城の周辺を巡回していった。
ここは俺の屋敷、に併設してある鈴菜の研究所だ。
かつて魔法大学で彼女の部屋がそうであったように、怪しげな機材や書類が散乱している……そんなところだ。整理整頓掃除をやる人間がいないのか?
あ、向こうでメイド服の乃蒼が掃除してる。屋敷だけじゃなくてこんなところまで出張してるのか、偉い。
「ようこそ、匠。僕の研究所へ」
鈴菜が俺を出迎えてくれた。相変わらずの白衣姿で、少し眠たそうでもある。昨日は俺と一緒のベッドにいたから、徹夜というわけではない。ただ単に疲れているだけだろう。
今日は別に鈴菜に呼ばれたわけではなく、飛び入りの訪問だ。家の隣なのに全然行ったことなかったからな。
「こういう言い方はどうかと思うけど、女の子ばっかりの研究棟だよな。前の大学は男ばっかりだったのに」
「僕は大学の助手や助教授を招きたかったんだけどね、つぐみが男は駄目だと言ってね」
またかつぐみ……。
「せっかくだ。前線で戦う君に、僕たちの研究を紹介しよう」
そう言って、鈴菜は近くに置いてあったブレスレットを拾った。精霊誘導型魔法促進ブレスレット――通称〈プロモーター〉。
「このブレスレットは現在研究中のものでね。魔法を無詠唱で放つことができる」
無詠唱でか。
ありがちだが、かなり便利な能力だ。
魔法使いタイプの人間が重宝するな。敵は詠唱を待ってくれないし。
鈴菜は無言のままもう一つのブレスレットを拾い上げた。こっちは少し形が大きくなり、重そうに見える。
「こっちのブレスレットをつければ、魔法を二重に放つことができる。今はまだ低レベルな魔法しか適応されないけどね」
これは結構便利だな。りんごとかが最上級魔法を重ねがけできたら、かなり強力だぞ?
「単純に魔法が二つ出るのか? それとも効果や範囲が二倍になるってことか?」
「効果が二倍という理解でいいよ。そして、いずれはトリプルやその先にも対応するつもりだよ。もっとも、今はまだ実験段階の話だけどね。腕輪をつければつけるほど、二重三重と効果が上乗せされるよう調整している」
腕輪を大量に身に着けジャラジャラと鳴らしているりんごを想像した。かっこ悪いからもうちょっと何とかしてほしい。
魔法使いクラスにはかなり有益な情報だと思う。しかしそれでも、魔剣や聖剣持ちには今一つインパクトに欠ける内容だ。
などと内心少しがっかりしていたのを見透かしたのか、鈴菜は笑いながら俺に語り掛けてきた。
「君は魔族の使う魔法について知ってるかい?」
魔族?
「俺はつい最近迷宮に初挑戦したばっかりだからな。魔族が魔法を使ってるところ見たことがないけど、あいつらの魔法と俺たちの魔法が違うって話は知っている」
「精霊の力を使わない……『純魔法』、『創造魔法』あるいは『無属性魔法』と学会では呼ばれている」
精霊によらない、か。
俺たちが使う魔法はどうしても精霊の性質に依存してしまう。地水風火木光闇の七属性に対応した攻撃だ。
いわゆる純魔法はそのルールから外れるらしい。魔力だけで新しいことをやる、それがこの魔法ってことか。
「匠が使っていた異世界人固有のスキルと呼ばれている力も、この『純魔法』の一種である可能性がある」
「それは……壮大な話だな」
「僕はブレスレットを介してすべての魔法を扱えるようにしたい。魔族が使う純魔法もだ」
「その純魔法、というか魔族が使う魔法ってどんな効果があるんだ? 強いのか? それとも便利なのか?」
「遠く離れた場所に移動したり、自らの分身を生み出したり。死んだ仲間を生き返らせた、という話もある」
夢のような能力だな。
「目下の研究課題はこの『純魔法』を扱うことだ。匠にも協力してもらいたい」
おお……協力か。
懐かしいな。鈴菜との関係も、元はと言えばブレスレットの研究に協力したところから始まったんだ。
こうして体を重ねる関係となった今なら、なおさら断る理由がない。
「具体的には何をすればいいんだ? 昔みたいに、試作型のブレスレットをつければいいのか?」
「できれば魔族を捕らえてきてほしい。人語を解せるなら魔法について詳しく聞くことができるからな」
魔族を捕らえる、か。
低レベルな魔族なら十分に可能な話だろうな。もっとも、奴らが素直に話を聞いてくれるかは疑問だが。
人体実験みたいなことするのかな? 『話せ! 魔法について話さねばこの新薬の実験に……』とか言って哀れな魔族たちが……。
なんてね。
まあ、その魔族がどういう奴かによって対応は変わってくると思う。
純魔法か。期待していいかもしれないな。
気が付けばブクマが200超えてた。
レビューなくても結構いくものですね。