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シャドー匠


 レグルス迷宮にて。

 俺、一紗、りんご、雫は迷宮へとやってきていた。


 ここは転移門、すなわち入り口に近い場所。迷宮の奥が魔族たちの本拠地であると考えると、ここは彼らにとっては辺境の地と言っても差し支えないだろう。

 通路も土や岩がむき出しで、ただの洞窟に見える場所だ。奥に進めばブロックや結晶のような凝った通路が見えてくるのだが、この辺りは整備されていない。

 統治されていない、要するに弱い野良魔族しか出てこない場所だ。


「いやー、久々に迷宮だな」


 俺は迷宮を堪能していた。

 いや、別にここが大好きというわけではない。魔物だっているし罠だってあるし、下手をすれば命の危険が迫る場所だ。それなりの緊張感をもってこの場にいるということはここに断言しておこう。

 しかし、ここには璃々もいない。つぐみが暴走することもない。外界とは隔絶された場所なのだ。

 もちろん、近衛隊はつぐみからの特務ということで出張扱いになっている。


「……おい」

「痛いっ!」


 背中がチクっとした。

 後ろにいたのは、悪魔のような笑みを浮かべる銀髪ツインテール少女、雫。ナイフの先を俺の背中に押し付けていた。

 こいつ、相変わらず危ないことするな。俺の背中に刺さったらどうするんだ?


「気を抜くなこの愚か者。奴らはお前を見ている。今こうしている間にも、お前の間抜け面を笑っているかもしれないぞ。クックックッ」


 雫大先生が俺を諭した。まあこいつにそんな偉そうにされるのは癪だが、言ってることは間違っていない。

 ここは素直に反省しておこう。


「すまなかった。久々にここに来て、新鮮な気分で気持ちが高揚してたことは否定しない。気を引き締めないとな」

「いやー、でもたっくんの気持ちわかるよ」


 りんごが笑いながら俺の肩を叩いた。フード付きローブを身に着け魔法使い風の恰好をしている彼女だが、その見た目とは裏腹にとても明るい。


「りんごもこーテンション上がってきて、シャドーボクシングならぬシャドーコキュートスやってた。部屋の中でね、ぬいぐるみに向かっていろんな角度から魔法を唱えるの。あっ、発動はさせないよ? 〈嘆きの冷獄コキュートス〉、〈嘆きの冷獄コキュートス〉、〈嘆きの冷獄コキュートス〉ってね」


 りんごがそう言って杖を構えた。あれは最強水属性魔法、〈嘆きの冷獄コキュートス〉の体勢だ。


「りんご、それ面白そう。じゃあ私はシャドー匠やる」

「いや、その誰かの背中にナイフを突き刺す動作のどの辺が俺なのか教えてくれ、雫」

「シャドー匠、シャドー匠、シャドー匠!」

「雫、本物を相手にすることをシャドーとは言わない……」


 俺の背中にチクチクと当たるナイフは雫のもの。本物相手に本物使用してるわけだから、それはもうシャドーでもなんでもなく本番だ。


「…………」


 ふと、俺は会話に入ってこない一紗を見た。


 一紗は天井を眺めていた。

 別にそこにコウモリがいるわけではない。罠が仕掛けられているわけではない。ぼーっとしているのだ。

 さっき注意された俺以上に、気が抜けているように見える。


「ご、ごめんなさい」


 一紗が転んだ。彼女の綺麗な金髪に、地面の土が少しだけ張り付く。


「大丈夫か?」


 もうこれで三度目か? 確かに、入り口近くは出っ張った岩や変な段差があって転びやすい。しかし魔物と戦うものとしては、そんなことで足を取られては落第点だ。


「……来た」


 雫の声に従い、迎撃の陣形を組む俺たち。


「ケケケケ」


 曲がり角から現れたのはゴブリンっぽい魔族。

 見るからにみすぼらしいぼろぼろの衣服。枯れ木でできたこん棒を構え、緑色の肌を持った魔族。


「エモノッ、エモノッ!」


 片言だ。

 もう何度か戦ってるからわかるが、こういうやつらは魔族の中でもレベルが低い。転移門近くで出会う魔族はたいていこんな奴らだ。


「――シッ!」


 雫が空気を切り裂くような声を発し、弓を射た。 


「シャドーじゃない〈嘆きの凍獄コキュートス〉! えいっ!」


 最強水属性魔法、〈嘆きの冷獄コキュートス〉を使用するりんご。もちろん、低レベルな魔族であるこの敵にはあまりにオーバースペックだ。

 無駄打ち、と言ってしまえばそれまでだが。今回はそれでいい。これから出会う強力な魔物に対する練習にもなるからな。


「――〈獄炎〉」


 一紗が魔剣グリューエンで炎を放った。強力な一撃は氷漬けにされた魔物の体そのものを燃やし尽くし、骨すらも残らぬありさまだった。


「あー雑魚雑魚、さっさと先に進むわよ」


 無駄に勢いづく一紗は、さらに通路の奥へと進もうと足を前に進めた。


「……っ!」


 瞬間、一紗が突き飛ばされた。

 魔物を倒し、通路の先へと進もうとした一紗。しかし奥、すなわち通路の曲がり角から新たな魔族が現れた。先ほどのゴブリンと同種族だ。


 剣を構えていた一紗であったが、ゴブリンの力任せな一撃に吹き飛ばされてしまう。


「〈白刃〉っ!」


 俺の〈白刃〉がゴブリンを真っ二つにした。

 肝を冷やした、というのはまさにこのことだ。今の一紗は、明らかに油断していた。


「怪我はないか? 一紗」


 一紗はゆっくりと起き上がった。


「あー、ごめんごめん。体調悪いわけじゃないのよ? 久々で、ちょっと感覚戻らないっていうか。しばらく戦えば元に戻るわ。先に進みましょう」

「…………一紗」

「え、何? 心配してくれちゃってるの? もーなによそれ。大丈夫、大丈夫だって。あたしたちほら、幼馴染でしょ? わかるでしょ?」


 ああ、分かるさ。

 今の一紗は明らかにおかしい。この洞窟に入った時からそうだった。ぼーっとしてるかと思えば、先に進もうと焦っているようにも見える。

 

 今はまだ被害が少ないが、もし、迷宮の奥で強力な魔物と当たったらどうする? 本当に、一紗が傷ついてしまったとしたら?


 迷宮にはトラップもある。一紗がもしそんなものに引っかかってしまったら……。


「久々の復帰戦だからな。無理して奥まで進む必要はない。一紗も疲れてるみたいだから、今日は適当に切り上げて帰らないか?」

「なっ……あたしはっ!」

「そ、そーだよね。かずりん疲れてるみたいだから」

「問題ない」


 りんご、雫も俺に同意してくれる。どうやら、一紗の危うさを同じように察してくれたらしい。


「匠! あたし……」

「一紗、俺たちはお前が心配なんだ……」


 一紗の心情が穏やかでない理由。俺はそれに心当たりがあった。


 例の異世界へと戻れる腕輪。それが原因であることは間違いない。

 腕輪を隠していたことに、罪悪感を覚えているのか?

 それとも、もう帰ることができないかもしれないと不安になっているのか?

 あるいは、その両方?


 後でりんごや雫にフォローを頼んでおこう。もっとも、俺がいちいち何か言わなくても、同じ建物で暮らしている友人同士、勝手にやってくれるとは思うがな。


「こんなところで、止まってられない。あたしは、早く……」


 去り際に、一紗が何かささやいたような気がした。

 しかしそれは、俺の耳には届かなかった。


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