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指名手配の性犯罪者



 勇者の屋敷、地下牢にて。


 かつて貴族の私的な牢屋として使用されていたこの場所は、今、建物が匠の所有物となってその役割を終えた。

 薄暗く、掃除もされていないじめじめとした空間。その一室に、ゆらゆらと揺れるろうそくの炎が見える。


「……第一回、ハーレム会議を開始しよう」


 鈴菜の声が響き渡った。


 乃蒼、つぐみ、鈴菜の三人はこの地下牢に集まっていた。


 ここに集まったのは匠が絶対に入ってこないという確信があったからだ。牢屋ということもありカギがしっかりしているため、誰かが入ってくる心配はない。おまけに罪人たちの悲鳴が聞こえないようにと、防音にも優れた造りになっている。


 ちなみに匠は自室のベッドでぐっすり眠っている。


「匠君、新しい人が増えたなら言ってくれればいいのに……」


 乃蒼はぼそりと呟いた。

 悲しかった。そもそも匠が何かすることに対して、彼女は抗議をしたりといったことはしない。匠の相手が一人増えたというだけなら喜んで祝福するだろう。

 ただ、それを隠されることは乃蒼をひどく悲しい気持ちにした。

 

「これは由々しき事態だ」


 鈴菜の声には焦燥感がある。そもそも乃蒼はこんな風に集まって話し合いなどするつもりはなく、ただ単純に部屋へときた鈴菜に相談を持ち掛けただけだった。


「こんなことが続けば、匠が人知れず愛人を何人も作ってしまうかもしれない。僕たちの知らない間に匠が第二の住まい、第二の妻、第二の仕事を得て二重生活を……。あ……あぁ……」


 鈴菜はどうやら匠を疑っているようだ。乃蒼と違い彼女は頭が回る。あらゆる可能性を排除できずにいるのだろう。


「つぐみさんはどう思いますか?」


 これまでずっと黙り込んでいたつぐみは、ゆっくりと口を開いた。


「だ、大丈夫ではないか? 匠も必要なことなら、私たちに話をしてくれるだろう。そもそも第4の女がいると決まったわけでは……」

「君は何を言ってるんだつぐみ。服の中に毛が混じっていたなら、可能性は一つしかないだろう?」

「うっ……」


 つぐみは変な声を上げた。


「それでも……匠を、信じる方が、いいんじゃないかと……」


 つぐみはしどろもどろになりながら、そんなことを言った。


(つぐみさん、すごいな……)


 乃蒼は感動した。

 乃蒼なんて、匠が黙って新しい女を作ったかもしれないと思うと、不安で心が押しつぶされてしまいそうだ。

 だがつぐみは、その可能性すら否定して匠を信じるのだという。

 

(そうだよね、疑っちゃ駄目だよね)


 乃蒼は心の中で決心した。これはきっと何か深い理由があるのだ。それを話してくれるその日まで、変な勘繰りをしてはならない。


 その日の議論は、しばらく様子を見るという結論になった。


 

 近衛隊は大きく分けて三種類の配属先が存在する。

 城周辺の治安維持を担うための巡回員。

 城門、あるいは城の要所での門番、警備員。

 そしてつぐみの直属の護衛。


 俺と璃々はつぐみ直属の護衛に所属している。


「ここは客室です」


 隊長、柏木璃々は新人護衛に簡単な建物の説明をしていた。この官邸につぐみがいるわけであるから、護衛としては構造を把握しておかなければならないからだ。

 今この場にいるのは、俺、璃々、そして新人二人の少女を合わせて計四人だ。


 まあ、俺はどこに何があるか大体知ってるんだがな。貴族がいた時代は自由に出入りしてたし、つぐみが大統領になったあともよく呼ばれたりしてたから。


「ここは更衣室になります」


 だがさすがにこういった更衣室みたいなところは知識に入っていない。何せ広い建物だからな。そういう意味で、この案内は決して意味ないこととは言えないか。


「皆さんには、ここで近衛隊の甲冑を着ていただきます。今すぐ着替えてください」


 俺は改めて璃々を見た。

 顔や髪の形が十分に確認できるほどの簡素な兜。金属質の鎧は顔以外の上半身をほぼ覆い、下半身はスカートに軽い金属質の板が張り付いている程度だ。

 まあ別に戦争で敵陣に突っ込むわけじゃないからな。フルプレートアーマーレベルは必要ないだろう。


 新人二人が上着を脱ぎ始めた。


「…………」


 上着を脱いで甲冑を着るってことか。シャツの下は見られないから……大丈夫だと思う。


 この辺適当に終わらせて、早くつぐみの命令と称してこの女だけの空間から逃げ出したい。


 そもそも同性同士、着替えをしていて相手の胸とか尻とかむやみやたらにじろじろ見たりしない。俺が更衣室で加藤や優の股間をじろじろ見つめたか? 男らしい胸板を欲したか? 『加藤君の胸、かたーい☆』とか言いながらない胸揉んだりしたか?

 同性でそんなことはしない。ごく自然体で着替えれば気が付かれない。


 自然に……自然に……。


「……(じー)」


 見てるううううううううっ! 璃々がめっちゃこっちガン見してるうううううっ!

 え、まさかバレた?


「え、あの……何か用? 璃々隊長」

「……お姉さま、あまり煽情的な下着は嫌がるんですよ。男に媚びる、的な?」

 

 どうやら俺のブラを確認したかったらしい。


「でも今、閣下はメイド服着てたような? あれもいいの?」


 瞬間、それまで人懐っこい笑みを浮かべていた璃々が、能面のように無表情になった。


「あれは悪魔に唆されたんです……」


 そう言って、懐から何かが書かれた紙を取り出した。

 俺の似顔絵だ。結構上手いが、舌を唇に這わせだらしない顔をしている……エロオヤジみたいな構図だ。

 悪意ある絵だった。


「この男には絶対に近づかないでください。すでに三人の被害者を出している性犯罪者ですっ!」


 性犯罪者っておい……。


「ミーナさんかわいいから、私心配なんです! この男を見かけたら、すぐに私を呼んでください」


 今目の前にいるんだがな……。


「夜は森の中で徘徊しているとの報告があります。私もなるべく巡回するので、声をかけられたら大声で助けを呼んでください!」


 まあ、屋敷森の中にあるからな……。夜に散歩している日がないわけではない。

 夜に外に出ないようにしよう……。


「その人は指名手配されてるの?」

「え……あ、あの、それはですね……。そーいう犯罪者とは、ちょっと違ってですね。公でないというか、姑息にも証拠を残さないというか……。とっとにかく、この人には近づかないで私に連絡してください!」

 

 厄介なことだ。こうやって近衛隊の新人に触れ回ってるのかな?


 でも、この様子なら近衛隊に俺を殺せとか命令させはしないだろうな。あくまで自分の私的な暴走として済ませるつもりらしい。その辺の分別はできているようで助かった。

 その情報が分かっただけでも、ここに来た価値はあったか。 


 この話題はNGだな。俺に関係する言葉は出さないように注意しよう。


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