璃々の奇襲
俺は城の近くを歩いていた。
大統領官邸の近くには、一紗の住む家が建っている。りんご、雫も一緒に暮らしている広めの住宅だ。
先日の件もあるから、少し顔を確認しようと思ってここまでやってきたわけだ。
時刻は夕方。夕日のさす小道に、俺の長い影が揺れている。
よくある漫画だと、この影から魔族が出てくるんだよな。結構強キャラっぽい演出だから、もしそんなことがあったら死闘は避けられない。
などとありもしない奇襲を想像していた俺は、ふと、気が付いた。
影が……もう一つ増えた?
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
俺のいた空間に、剣が振り下ろされた。
幾多の魔物と戦ってきた俺だからこそわかる、明確な殺気。空気の震え。
第六感の警告に従った俺は、寸前でその刃を回避することができたわけだ。
「璃々?」
ポニーテールの甲冑少女、近衛隊長柏木璃々がいた。まるで親の仇でも見るかのようなきつい視線を送ってきている。
「お……おい。いきなりどうしたんだよ?」
「不潔っ!」
暗く、井戸の底から聞こえてくるような声。
「変態! 最低! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ! 死んでくださいっ!」
「待てってっ!」
俺の言葉なんてまるで聞くそぶりも見せず、璃々はロングソードで俺の体を突こうとしてくる。
応対して俺も腰元の剣を抜いた。奇襲という好条件が崩れた今となっては、璃々の攻撃を防ぐことは難しくない。
剣を受けながら、俺は何となく察した。
この言いよう。ひょっとして、この前の執務室でのアレを見られてしまったのか?
璃々の殺気は本物だ。そして彼女は近衛隊長としてそれなりに剣を扱うことができる。多くの兵士たちの中でも、彼女は割と強い方だ。
でも、それだけ。俺には勝てない。
例えば、俺が聖剣を使えば圧倒できる。
でもこの聖剣は魔族と戦うために一紗からもらったものだ。とてもではないが人間に向ける気にはなれない。
高度な魔法を使えばまあ十分勝利はできる。でもそうなったら本当に殺し合いだ。悪人でない、ましてやクラスメイトを傷つけるつもりなんて俺にはない。
つまり、俺は命の危険は感じていない。でもとても困った状況といったところだろう。
「あああああああっ! お前なんかにっ! お前なんかにいいいいっ!」
叫びながら攻撃を加えてくる璃々。
俺は適当に彼女の剣をさばくと、一目散に逃げ出した。
「……と、いうわけでもう城には来ないからな」
ここは官邸、執務室。俺は来客用のソファーに座り、つぐみは俺の前……ではなく隣に座っている。
俺はつぐみに事情を話した。
告げ口みたいで若干気が引けるが、さすがに命を狙われているとあっては真剣に対応しなければならない。
そして俺が考えた末に出した妥協案は、『しばらく城に行かない』だった。璃々は近衛兵としてこのあたりで仕事をしているから、近づかなければ会うことはない。俺の屋敷まで襲いかかってはこない……はず。
俺の言葉を聞いていたつぐみは、真剣な表情のまま顎に手を当てた。口から独り言のような言葉が漏れている。
「璃々……つぐみのご主人様に迷惑をかけるなんて……。死刑、死刑にするの……」
うわぁ……。
じょ、冗談だよな? いやでも、なんだか最近つぐみおかしいし、もしかしたら本気なのかも?
なんだか、申し訳ない気持ちになってきた。璃々は行き過ぎたところもあるが別に悪人というわけでもない。今回の件だって、元をただせば仕事場で変なことやってた俺たちが悪いわけで……。
璃々、つぐみに死刑なんて言われたらどう思うだろうな。ショックすぎて鬱になってしまうんじゃないだろうか?
「いやいや冗談はよしてくれ。璃々だってつぐみやこの城の警備のことを真剣に考えているわけで。大丈夫、俺たちいつも一緒に寝てるじゃないか。この城でぐらい、俺とつぐみが少し我慢すれば……」
「…………」
突然、ウルウルと目に涙を貯め始めたつぐみ。
「ご主人様とお話しできないなんてつぐみ死んじゃう! さみしくて死んじゃうのっ!」
…………。
…………いや、あなた誰ですか?
つぐみはどこかの寄生魔族に体を乗っ取られてしまったんじゃないだろうか? 俺の知ってる彼女は、心の中で助けを求めているに違いない。
でも俺いなくなったらキリッとしてまじめに仕事始めるんだよな。俺にだけ弱いところを晒してくれる、気を許してくれている、と思うと少しうれしく……。
いやダメ。世の中限度というものがあるのです。かわいいを通り越して……ちょっと引く。
「お、落ち着けって。わかった、わかったから。二人で考えよう。ハッピーエンドエンドを目指してさ……」
冷静に考えてみれば、璃々は俺の家だって知ってる。今の彼女であれば、押しかけてくる可能性だってないわけじゃない。
唯一璃々が来られない場所は、レグルス迷宮しか存在しない。でも俺だって毎日迷宮に潜るわけにはいかないわけで。
油断しなければ命の危険はない。でも、あの殺意は間違いなく本物だ。手を抜けば……俺は大けがしてしまう。
こっちが強いからと楽観視していたが、これはなかなか深刻だと思う。
それに璃々は近衛隊の隊長だ。今のところ職権乱用するような気配はないが、もし彼女が指示を出せば近衛兵はすべて敵に回る。
「城に来ないだけじゃ駄目だよな。もっといいアイデアがあればいいんだが……」
実際のところ、つぐみだってまじめな話で俺を呼ぶことも多い。加藤みたいなやつが現れたら、それこそ知らない間にこの国が滅んでたなんてことになりかねないからな。
俺としても、城に入れるようにはしておきたいんだ。璃々と争わずに。
「無理、璃々は男が嫌いだから……」
「そうだな、それも原因の一つだ。俺が女だったら、たぶん殺しに来たりはしない」
パンッ、と両手を叩くつぐみ。どうやら何かを思いついたらしい。
「妙案が浮かんだか?」
「ご主人様が、女の子になればいいと思うの」
はぁ?
この章はややラブコメ色が強いです。
魔族とか他国とかあんまり関係ありません。




