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1.5日投稿でもいけるんじゃないかと思い直す。

安定しない執筆速度やお盆の関係で、少し投稿間隔を考え中。



 島原乃蒼は自立できていない。

 俺の屋敷を手入れしてくれている、といってもそれはもはや俺の屋敷じゃない。俺が活躍すれば将来的には返ってくるかもしれないが、今はただの空き家だ。国は屋敷のために金を出してくれたりはしない。

 まあ、雇い主が俺と言ってしまえばそれまでなのかもしれないがな。つまり俺には、働いた彼女のために報酬を与える義務があるのだ。

 そんなわけで、彼女に食べ物を用意するのは俺の仕事だ。


 俺は今、両手に野菜の入った袋を持っている。こいつで乃蒼と一緒に夕食を楽しむのだ。

 乃蒼は料理が上手いからな。その辺はすごく楽しみだ。

 そんな、豪華な料理を想像しながら歩いていて――

 

 俺は、その光景に気が付いた。


「え……?」


 勇者の屋敷が、燃えていた。

 

 見通しの悪い並木道を歩いていたのと、火がまだ小さかったことで気が付くのが遅れた。でも、近づくにつれて、鼻につく焦げ臭さと赤く照った周囲の光景が露となった。


「……の、乃蒼?」


 手に持っていた野菜を落とし、冷汗が頬を伝った。もし、あの火事に乃蒼が巻き込まれてしまったとしたら……。

 焼けただれた彼女の死体を、一瞬だけ想像してしまった。


「乃蒼っ!」


 俺は駆け出した。

 一秒でも早く、彼女の安全を確認するそのために!


 並木道を抜けたどり着いたのは、屋敷の庭。

 そこには、メイド服を着た乃蒼がいた。

 炎に巻かれているなんてことはなかった。しかし彼女が、両腕を少女兵士たちによって拘束されている。


「止めてっ!」


 叫ぶ乃蒼。声を向けているのは、目の前に立っている大統領、つぐみだ。


 俺は安堵すると同時に、少し驚いていた。

 いつも影に隠れ、あまり話をしようとしない乃蒼とは思えない大声が聞こえてきたからだ。


「ここは、下条君が私に任せてくれた場所なの! お願い、燃やさないでっ!」

 

 乃蒼は必死に兵士たちの拘束から逃れようとしているが、非力な彼女では逃げ出すことは不可能だった。


 燃やさないで?

 ってことは、この屋敷を燃やしたのはつぐみなのか?


 つぐみは自慢の赤毛を苛立たしげに撫でながら、乃蒼を見下ろした。


「何が下条君だ、何が任されただ。君のような男に媚びを売る女を見ていると鳥肌を隠せない。誰もいない建物を掃除して満足か? ああ、これは君のためでもあるんだぞ。この屋敷を焼けば、少しは自立心が芽生えるんじゃないのか?」

「ひ、ひどい……こんな」


 乃蒼は崩れ落ちるようにその場に倒れこんだ。兵士たちの拘束を解かれたその手は、涙を隠すように顔を覆い隠している。 


「止めろっ!」


 見ていられなかった。

 飛び出した俺は、すぐさま倒れこんでいる乃蒼を抱きかかえた。小さな彼女の体は、とても軽くて柔らかかった。

 周囲の兵士たちは、そんな俺を止めようとはしない。


「下条君、ごめんね。帰る場所。守れなくって……」

「いいんだ。そんなに必死にならなくても、俺は乃蒼が無事ならそれで……」

「甘えて、ごめんね。でも、怖くて……私」


 抱き着いてきた乃蒼は、その顔を胸に押し付けるようにして泣きじゃくった。俺はただ彼女の頭を撫でることしかできなかった。


「なんだ貴様、いたのか? 見ての通りだ、屋敷を燃やしている」


 つぐみが事もなげにそう言った。


「いい加減にしろよ」


 彼女の言い草は、俺の心に油を注いだ。


「俺はいいさ。そんなつもりはなかったけど、お前たちを奴隷にするとか売るかもしれないとか言ったこともあるからな。お前俺の事嫌いそうだし。でも乃蒼は女の子だぞ! お前たちのクラスメイトで、仲間なんじゃないのか! どうして彼女の居場所を奪う必要があるっ!」

「勇者の屋敷はすでに不要。この広大な土地は貧しい民に等しく分け与え、農地かあるいは商業地として活用してもらうつもりだ。貴様は自分が広くて豪華な家が欲しいからと、貧しい人たちを見捨てるのか!」

「お前は間違っていないっ! でも、もっとやり方があるだろ!」


 赤岩つぐみは悪人ではない。

 こうして屋敷を燃やしたのは、俺や乃蒼に嫌がらせするためではない。そんなことは分かっている。

 でも、だからと言って許せないことがある。


「お前は最低だっ!」

「貴様はもっと広い視点で物事を判断するべきだっ!」


 泣いている乃蒼。

 激昂する俺とつぐみ。

 俺たちの暴言はとどまることを知らなかった。心の奥底から湧き上がってくる黒い感情は、どこまでもどこまでも無限だった。 


 そんな俺たちを止めたのは、これまで周囲で事の成り行きを見守っていた少女兵士の一人だった。


「閣下、お控えください。これ以上は人目につきます」


 衛兵の仕事をしている少女だ。

 言われたのはつぐみであるが、俺も若干冷静さを取り戻してしまった。

 広い庭や並木道が配置されているとは言っても、ここは王城近くの首都だ。これだけの炎が上がれば、何事かと周囲の人々が押し寄せることは想像に難くない。

 

 周囲を見渡すと、遠巻きながら人々が集まってきている。


「……私としたことが、自分を見失っていたようだ」


 つぐみは大統領であり、自分が民衆の支持を受けていて、それを維持したいと思っている。

 あまり無様な様子は見せられないのだ。たとえそれが、悪人である俺を罵るためであったとしても。


「島原乃蒼には代わりの住まいを用意してある。詳細は兵士の一人に聞いてくれ」


 つぐみは悪人ではない。今回の件も、土地を貧民に分け与える件と乃蒼の自立を促す件、両方を上手く両立させたつもりで行ったんだと思う。

 だからこそ、代わりの住まいを用意した。

 だけどそのやり方は稚拙で強引だ。人の感情は革命とは違うんだ。悪いものをすぐ排除するだけでは何も変わらない。


 まあ、乃蒼の仮住まいを用意してくれたことにだけは感謝しよう。


「……いらない」


 そう言ったのは、俺に抱き着いていた乃蒼だった。その目には、彼女らしからぬ意思が宿っているように見える。


「の、乃蒼? 別に俺のことを気にしなくていいんだぞ。屋敷は俺のものじゃなかったし、乃蒼も住む場所がないと困るだろ? 屋敷が燃やされたのは悲しかったけど、ここは申し出を受けておくべきだ。絶対に――」

「私、下条君のところに泊まりたい」


 と、言った。

 え?


「勝手にしろ」


 つぐみはマントを翻し、この場から立ち去った。

 

 後に残ったのは、未だ燃え続ける屋敷、そして俺と乃蒼だけだった。


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