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結晶宮殿の大魔族



 レグルス迷宮には大きく分けて3つの区分が存在する。


 低レベルな魔族たちが住み、時たまに人間が侵入する上層。

 勇者たちが中級魔族と熾烈な戦いを繰り広げる中層。

 そして、下層。


 世界各地の転移門は上層に繋がっており、一紗たち勇者一行もまたそこからの迷宮探索となる。

 実際のところ、一紗たち……というよりも人類が探索したことのある階層は中層まで。

 下層は前人未踏の地なのだ。


 ここはレグルス迷宮下層。 

 発達した鉱物の結晶が、さながらガラス細工のように精巧な天然城を作り上げる。

 魔族たちはこの地を、『結晶宮殿』と呼んでいる。


 結晶宮殿は魔王レオンハルトの居城であるが、今、彼はここにいない。フェリクス公爵との同盟のため、彼らの住まうマルクト王国マーリン地区にいるからだ。


 結晶宮殿の内装はまさに城。幾多の魔族が長い時を経て完成させた、一種の芸術品である。

 その、会議室。

 水晶をくりぬかれて作られた机と椅子。そこに腰掛ける、三体の魔族がいた。


 刀神ゼオン。

 大妖狐マリエル。

 悪魔王イグナート。


 いずれも魔王レオンハルトの腹心。魔族界の貴族たちのさらに頂点、レオンハルトがいない今は実質的な迷宮の指導者である。


「……勇者一紗、か。それがしにはさして脅威には映らないがな」


 刀神ゼオンはそう呟いた。

 その姿は人間の若い男。無精ひげの目立つ顔つきで、木の枝を口にくわえている。

 さらに日本の袴や羽織に似た服を着たその姿は、武士、侍といった言葉が最も適切。もっとも、この世界にそんな職業は存在しないが。


「勇者も問題じゃが、差し迫っての脅威は例の件では?」


 答えたのは悪魔王イグナート。黒い服に白髪を持つ、遠目から見れば人間の老執事に見える男。

 ニコニコとしながらあごひげを撫でるその姿は、好々爺といっても差し支えないだろう。

 

「『黒き災厄』草壁小鳥。我のかわいい部下を殺した罪は……重い」


 大妖狐マリエルはキツネをベースとした魔族。耳や尻尾はキツネのそれであるが、獣人とは違い遥かに強力な魔力と身体能力を持つ。

 キセルをくわえ、周囲にタバコのような煙を充満させている。美しいドレスに芸術のような化粧が重なった、妖艶な美女である。


「ふっ、小娘一人に手こずるとは……訓練が足りん証拠だ」

「ゼオン。誰もがお前のようには強くない」

「研がねば刃がこぼれ、一陣の風すらもその身を削る。そう、生は刃の如し。鍛えるのだ。ただ剣のようにあれ」


 会話は、そこで途切れてしまった。

 もともとそれほど饒舌ではない三魔族だ。必要な要件さえ話し合えば、もうなれ合いなどする必要はない。

 そう、これはいつものこと。

 三体の魔族はこの場から立ち去るため、席を立とうとした……。

 その時。 


 一匹の黒い鳥が、部屋の中に侵入した。水晶の机に降り立ったそれは、黒い煙とともに羊皮紙の手紙へと変化する。

 これは魔王レオンハルトが遣わした、一種の伝書鳩だ。遠く離れた地から命令を下すために使われる、彼の魔法である。


「かかっ」

「これはこれは……」

「……笑止」


 三体魔族は命令・・の文を見て笑った。そこに書かれていた内容は、あまりに信じがたく……魔王の正気を疑ってすらしまうような内容だったからだ。


「我が思うに、これは人間の罠ではないか?」


 マリエルは率直な意見を言った。魔王がこのようなことを言うはずがない、そう思った心の現れである。


「わしが見るに、この魔術印は確かに獅子帝陛下のもの。精霊の力を借りねば魔法を使えぬ人間が、この伝達魔法を扱えるとは思えぬ。……ぬぅ、これは難題じゃて。意見を聞かせてくれぬかのう? ゼオン?」

「些末なこと。要は強い敵と戦い続けていればよい、それだけだろう?」


 悪魔王イグナートは笑った。

 大妖狐マリエルはため息をついた。

 刀神ゼオンは相変わらず刀を研いでいる。

 

 命令に疑いはないという結論が出た。ならば、それを遂行することこそ彼らの任務。

 そこに、躊躇など存在しない。


「我らが主に」

「永遠の忠誠を」

「魔王陛下に栄光あれ」


 魔王への賛辞を述べ、三体の魔族は部屋を出て行った。



 マルクト王国、マーリン区にて。

 

 王弟フェリクス公爵は間者からの報告に耳を傾けていた。加藤達也に関係する出来事の顛末だ。


 奇襲。敗北。そして牢屋にとらわれたのち、元の世界へと送り返された。

 ……失敗だ。


「なぜ……このようなことに……」

 

 失意のあまり、そう呟いてしまう。


 加藤達也は間違いなく国を征服できるほどの逸材。その素行には問題があったものの、報酬さえ与えればそれなりに働いてくれた。

 百歩譲って敗北が視野に入っていたとしても、対策はいくらでもあった。有用な薬を残してくれたのだとすれば、それだけでフェリクスは大いに救われただろう。


 だが結局のところ、加藤は何もしていないようなものだ。フェリクスたちに何も薬を与えることなく、王国にはダメージを与えるどころか警戒心を植え付けただろう。


「…………」

 

 ずっと疑問に思っていたことがある。

 魔王レオンハルトのことだ。

 こうして、同盟関係にあるフェリクスと魔王。互いに勇者たちの存在を疎ましく思い、協力し合っていた……そのはずだ。


 だが、これは本当に同盟・・なのか?


 フェリクスは隣にいるレオンハルトを見た。ここ数日、彼はずっとこの部屋にこもって水晶を見つめている。


 異世界を眺めているのだ。

 微動だにせず、その姿はさながら人形のようですらあった。


(ここに来てからというもの、ずっとああしているな……)

 

 むろん、理由を尋ねればちゃんと答えてくれる。『必要なこと』、『勇者一紗を倒すため』等。


 実際に使える人間であった加藤達也を召還したのだから、ことさら文句を言うこともできない。というかそもそも、魔王である彼に命令などはできない。意見を聞いたり提案をしたり、せいぜいその程度だ。


 だがその姿を見て、フェリクスは身震いを覚えた。

 

 この男には、何か別の目的があるのではないか?

 勇者一紗は確かに魔王にとって煩わしい存在だろう。だが、魔剣や聖剣の力が絶対でないということを、魔剣使いのフェリクス自身が最もよく知っている。

 本当は、魔王の力をもってすれば勇者などすぐに殺せるのではないか? こんなところで水晶を眺めている魔王が、配下の身を案じているとはどうしても思えない。彼にとって、一紗に魔族が殺されることは大した意味をもたないのでは?


(……今さら、か)


 しかしどのみち、もはや後のないフェリクスだ。魔王の力にすがる以外、道は残されていない。


 異世界を眺めるレオンハルトを見て、フェリクスの不安は増すばかりだった。


ここで創薬術編は終了になります。

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