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将軍ちゃん、悪を断罪す

 グラウス共和国北方には山脈が広がっている。

 大陸を横断するように聳え立つその山々は、人々の往来を阻む険しい環境を持つ。マルクト王国―アスキス神聖国間の谷部分など極一部の街道を除き、整備された道は存在しない。


 したがって、グラウス共和国北側は基本的に田舎のへき地である。 

 そんな場所であるから、行政の目も行き届かず、山賊たちの根城と化しているところもある。彼らは時々南方の町や都市を襲い、金品や作物――あるいは子供を奪って逃げていく。

 

 到底、許されることではない。

 大統領つぐみが治める共和国としても、ただ手をこまねいて事態を静観していたわけではない。


「ジャスティイイイイイッス!」


 一人の少女が、巨木を切り裂いた。


 彼女の名前は 西崎にしざきエリナ。匠のクラスメイトだ。


 制服の上に 黄色い紐(飾緒)を身に着けたその服は、つぐみのそれとよく似ている。しかしその体つきはつぐみのそれに比べ幼く、子供が変なコスプレをしているかのような印象を受けてしまう。 

 光り輝く金髪を、空色のリボンで両サイドにまとめたその姿はまさに美少女。

 

 グラウス共和国第七軍。北方山脈地方の治安を守るために配備された、1000人程度の常備軍。その頂点に立つ将軍が彼女だ。

 

「ああここからも、無辜の民の悲鳴が響く。我ら輝く正義の徒。共和国の平和を守るため、いざ行かん!」


 エリナは腰に下げていた剣を掴んだ。


「輝け、あたしの聖剣ゲレヒティヒカイトっ! 共和国のレジェンドここにありっ!」


 エリナは白い剣を天へ掲げた。これは彼女が持つ聖剣――ゲレヒティヒカイトである。


解放リリース、聖剣ゲレヒティヒカイトっ」


 瞬間、聖剣を白い閃光が覆った。

 聖剣ゲレヒティヒカイトは匠の持つヴァイスと似て、白い閃光を発する。しかしヴァイスのように遠くに刃を飛ばしたりする能力はなく、その閃光は聖剣自体が強化された証なのである。

 その刃は、どんなに硬い魔族のうろこでも……切り裂く。特に自らが悪と断じた対象に対して、強い威力を発揮する。

 

「気合っ! 努力っ! 根性っ! 燃え上がれあたしのジャスティスハート。刻め新たなブレイブストーリーっ! うおおおおおおおっ!」


 エリナは砂煙の舞うような勢いで崖を疾走して行った。光り輝く聖剣を縦横無尽に振り回し、やたらめったら周囲に砂埃を巻き上げていく。

 そのまま、エリナは近くの洞窟に突っ込んでいった。



「おーい、みんな大丈夫か?」


 エリナの後ろに控えていた兵士たちが、砂埃が収まるのを待ってゆっくりと立ち上がる。


「将軍ちゃんまたどっか行ったの?」

「将軍ちゃんかわいいなぁ」

「将軍ちゃん元気だなぁ。俺もあと20年若かったら……」


 などと口々に軽口を叩く。

 エリナ傘下の兵士として、彼女の奇行には慣れっこだ。走って崖を降りて行った程度では今更驚かない。


「なんとなく、暗い所に悪い奴がいると思ってるんだよねあの子。ほっとくと際限なく洞窟の奥に突っ込んでいくから、ほどほどに呼び戻さないとな」


 彼らをまとめる副官は、ため息をついた。


「このコウモリ! まさか魔王の配下! うおおおおおおおおおっ! 負けるかあああああああああっ! ビクトリイイイイイっ!」


 遥か遠くから聞こえる将軍の声を尻目に、第七軍は山賊掃討の準備を始めた。


 グラウス共和国第七軍将軍、西崎エリナ。

 配下からの人望に反比例するかのように、頭はあまり良くない。




 レグルス迷宮、とある中層の大部屋にて。


 草壁小鳥は迷宮を駆けていた。


「あははははははははははははははっ!」


 多くの魔族が、彼女によって切り刻まれていた。何の抵抗をする間もなく、一瞬で。

 魔剣ベーゼに侵食された彼女は、心身両面で人を超越している。ゆえにその身体能力をもってすれば、ある程度強い魔族をも圧倒することができる。

 動くもののいなくなった地獄のような場所で、小鳥は立ち止った。


「……匠君、元気にしてるかなぁ」


 血塗られた手で、セミロングの赤毛を整える。彼にかわいいと褒められる姿を妄想して、少しだけ唇を緩めた。

 その、刹那。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 幾多の死体群から起き上がったのは、一体の魔族だった。鬼をベースにした種族で、青色の肌と隆起した角が特徴的。

 彼は領地を持つ高位の魔族だった。ここで倒れている他の魔族たちも、人間でいうところの領民に等しい。

 その恨みは、剣で傷つけられた痛みすらも忘れてしまうほどに……深い。

 

 完全に小鳥の虚を突いた形となったこの奇襲は、本来であれば一撃必殺となり彼女の頭部を破壊していただろう。

 しかし――


 一振り。


 それは、人込みをすれ違うかのように。気配はなく、視線もなく、そして何より自然な動作で小鳥は黒い剣を振った。


「え……あ……」


 鬼型の魔族はそんな声しか上げることができなかった。抵抗するとか、回避するとか、そういった思考をする暇がなかったのだ。


 気が付けば、首が地面に落ちていた。


「あはぁ」


 小鳥は魔族の頭を踏みつぶし、迷宮のさらに奥へと進んでいった。左手に持っているできたてほやほやの骨付き肉を、おいしそうにしゃぶる。


 草壁小鳥は今日も走る。

 彼女の存在は、迷宮にて『黒き災厄』として恐れられている。


次の話も別視点予定です。

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